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「このマンガがすごい!」の"すごい理由"を探る - 『うみべのストーブ』 大白小蟹

短い物語は、簡単に作れそうに思えます。
その成立も、遥か昔かと思いきや、今日的意味でのショートショートー「新鮮なアイデア・完全なプロット・意外な結末」を兼ねた作品の誕生は、20世紀の初頭でした。

短い物語は読みやすい一方、場面設定・展開・オチを短く収めるには、高等技術が必要です。
シンプル構成にせざるをえない、その上で、「心に刺さるショートショート」を作成するには、さまざま困難がありそうです。


月に一度、「このマンガがすごい!」から一冊選び、何がどうすごいかを考えています。
今回取り上げるのは、純粋なショートショートで、初めて同賞1位を受賞した、大白小蟹 著『うみべのストーブ』

短い物語でありながら、多くの支持を集めた同作の魅力は何なのか?
振り返っていきます。

(ヤマシタトモコさんの『HER』も「このマンガがすごい!」の1位を受賞した短編集ですが、あれはそれぞれが微妙に繋がりを持っているオムニバスで…。ゴニョゴニョ…)


◼︎どんな作品?


試し読みはこちら

期待の新鋭、大白小蟹(おおしろこがに)・初単行本。生活から生まれた絵とことばが織りなす、珠玉の7篇。

俵 万智
「小蟹さんの澄んだ心の目。そのまなざしを借りて私たちは、忘れそうなほど小さくて、でもとても大切な何かを見つめなおす。たしかに降ってきたけれど、とっておけない雪のように。」

雪のように静か。冬の朝のように新鮮。
自分の気持ちに触れることができるのは、こんな時かもしれない。

リイド社 作品紹介より

冒頭お伝えした通り、本作は7つの独立した短編からなる作品です。
タイトル作でもある「うみべのストーブ」は、恋人と破局を迎え、落ち込む主人と一緒に海を見に行く、"ストーブ"の話。他、透明人間になった夫との生活を描く「きみが透明になる前に」。退屈な日常から、次の世界への扉を探す「たいせつなしごと」、などが収録されています。

「生活から生まれた絵とことば」とある通り、
日常に根ざしたストーリーが描かれます

マンガといえば、にぎやかでユーモアあふれるもの。
しかし『うみべのストーブ』は、どちらかというと静か。
そして、いい意味で真摯です。

収録されている話はどれも独立してありますが、共通して使われるモチーフはあります。
それは「雪」。そして「パノラマ」。
以下で、このふたつのモチーフが作品内でどのように使われているか振り返り、本作の魅力を深掘りしていきます。

◼︎雪、 身体性


作品紹介にもあげられている通り、本作を読み進めると、やたら「雪」が登場すると気づきます。その数実に、7篇中の5篇。

雪は空気の振動を吸収し、街に静寂をもたらします。
本作の静かで落ち着いた雰囲気は、多く登場する「雪」のモチーフにも理由があるでしょう。

雪夜のなか、物思いに耽る

そしてもう一つ、「雪」が強調するのはキャラクターの「身体性」。
前段で、「『うみべのストーブ』は多くのマンガと異なり静かな作品」と述べました。この作品はもう一点、普通のマンガらしくない点があります。
それは、「身体をきちんと描く」ということ。

どういうことか?

とくに少年漫画が典型的ですが、マンガキャラクターの身体はとてもフィクショナルです。
ヒーローのパンチは岩をも砕き、朝晩を通して走り続けます。骨が折れた後でも必殺技を繰り出し、致命傷も来週には治ります。
それはフィクションの身体であり、私たちの持つそれとは全く別ものです。

対する『うみべのストーブ』は、私たちの身体感覚にとても敏感。
雪道の中、キャラクターたちの息は白み、積雪に足跡を残します。

現れるさまざまな身体の一瞬

特に身体への意識が冴えて描かれるのは、大雪で終電を逃した夜、偶然の出会いを描く短編、「雪を抱く」。
主人公の若葉は初産を迎えており、変わる自分の身体についての不安を吐露します。

喜ぶべきとされているけれども…

とても率直で、真摯なメッセージ。
命を授かることはおめでたいことだけど、その裏で、変わるものがあるのも事実。

私たちの身体は今や拡張され、フィクション作品やライブ配信では加工されてあります。忙しさの中で、私たちは頭が「考えていること」に夢中で、身体が「感じていること」を見失いがちです。
情報の海の中で、時に忘れられていく私たちの「身体のリアリティ」。本作では、そんな時代性に逆行して、身体が感じる冷たさ・温かさ。「身体の感覚」を、きちんと見なおす視点があります。

前述の「雪を抱く」は、社会化が深まっていく自分の身体がテーマです。
私たちは、他人と共に過ごします。なればこそ、私たちは他人の視点から逃れられない。そして、他人からの介入が強く働くとき、私たちの身体は私たちから離れていく。
社会化は悪いことばかりではないけれど、その圧力に居心地の悪さを感じたとき、一緒にゆるめてくれる人がいてくれたらとも思う。

きちんと身体の"重み"を描こうとすること。
それが、本作で多用される「雪」のモチーフが描くものではないか。
「雪」を通し描かれる、キャラクターの、私たちの持つ、身体の重さ。それを敢えて描こうとする本作の視点が、私たちが忘れかけていたモノを思い出させる、優しい世界観を象徴しているのではないか。

新雪に飛び込む


◼︎パノラマ、 そしてこれから


「雪」のモチーフが私たちの持つ"重さ"(身体性)を表現するなら、私たちの持つ"軽さ"はどのように描かれるのでしょう?

それこそが、雪と同じくらいに多く描かれる、見開き大ゴマでの自然景観。「パノラマ」のモチーフにあると思います。

パノラマ:ひろびろとした見渡す限りの景色
雲の白さと、滲む太陽が美しい

『うみべのストーブ』の多くの物語では、主人公たちが広がりある景色を眺め、考えを新たにする形で、パノラマのキメごまが使われます。

身体性が重さであるとするなら、軽さとは創造性。
それはまだ足を踏み入れていない、見渡す限りでの新世界。想像の世界。

『うみべのストーブ』は、地に足がついた、私たちの日常を真剣に汲み上げようとする作品です。そんな作品の持つ"創造性"は、やはりあまりに軽すぎる内容でなく、しっかりと地に足ついた、晴れやかな実体として描かれます。
それすなわち、私たちの身体を通して感じとられる、実感をともなった想像力。まだ行ったことがない、踏み入れたことがない世界が、目の前に広がっていること。そこから生まれる、未来への意志。
行ってみたい、やってみたい、触れてみたいと感じること。目の前に広がる美しきパノラマに、新しい気付きを得ること。それこそが、私たちの重い身体を動かす、軽やかな想像の力。

光を届ける

楽しむものとしてのマンガ、叶わぬ欲望の夢想としてあるマンガ。
そうした、言ってしまえば子供らしい作品が市場の大半を占める中、落ち着きある大人な語りである本作が、「このマンガがすごい!」2024年オンナ編1位を獲得したことは、新しい時代性を感じさせます。

私たちの日常を、そしてかけがえのない身体を、
丁寧で真摯な思いをよせて描く。
そうした大人な作品を楽しむ読者が、増えてきているのかもしれません。

日々に疲れ、自分を忘れてしまいそうなとき、
皆さんも、本作の世界観に触れてみてはいかがでしょうか!


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最後までご覧いただきありがとうございました!
今まで、1位を受賞している作品は、少なからずエンタメ色が強いものと思っていました。しかし今作はその反対にあるような作品で、かなり驚いた覚えがあります。
エンタメ作品を読みたい人は、正直楽しくないと思うんですが、そうじゃない作品に触れたい人は、ぜひ。

これからも毎週水曜日、世界を広げるために記事を書いていきます!
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どうぞ、また次回!


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