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少年よ、安らかに

 ジュゼッペが消えた。
 ルナが軽口をたたきながら、ラブレターを渡して、小さなキスを交わしたその日にジュゼッペは居なくなってしまった。

 『シシリアン・ゴースト・ストーリー』は、実際にシチリアで起きた事件をもとにつくられた作品である。
 13歳のジュゼッペは、約二年にわたる監禁の末にこの世を去った。事故でも、自殺でもない。少年はマフィアの内紛に巻き込まれる形で、この世からいなくなってしまった。
 ジュゼッペの父親は、とあるマフィアの一員だった。警察に捕まり、自身の保護を約束させる代わりに内部情報を話していたのである。
 もちろん、マフィアたちはそれをとめたい。だったら……マフィアの頭に浮かんだのは、彼の一人息子であるジュゼッペだった。大切な息子のためなら、きっと口をつぐむだろう。そう考えたのである。

 この映画の主人公は、ルナという少女だ。彼女はジュゼッペに恋をしている。そして、夢を見ている。いつも、大好きなジュゼッペの夢を。
 だから、彼が姿を消したあと、誰も探そうとしない大人たちに彼女は憤る。髪を青く染めて、街中にビラを配る。夢のなかで、必死にジュゼッペの姿を追いかける。彼女は、自分しかジュゼッペを救うことができないと信じているのだ。
 ジュゼッペが消えた街で、少しずつ時間は流れていく。ジュゼッペは、薄暗い場所で足を鎖に繋がれ、少しずつやせ細っていった。誰にも見えないところで、そっと泣く。そして、夢を見る。ラブレターを渡してくれた大好きな女の子の夢を。
 夢はルナが与えてくれた場所だった。ルナのラブレターは美しい。これほどまでに美しいそれを、私は知らない。彼女の気持ちすべてがジュゼッペの存在を欲していて、彼のことを心から愛していることが伝わってくる。ルナとジュゼッペのこれからを感じられる。
 こんなにも想いが詰まったラブレターをもらったジュゼッペは、どんな気持ちだっただろう。夢で逢うルナに、どんな気持ちで彼は触れたのだろう。
 二度と会えないことを、きっと彼は分かっていた。それでも、好きな女の子の言葉を信じて夢を重ねるしかなかったのだ。

 二人は、夢のなかで少しずつ近づいていく。しかし、これは“死”に近づくということを意味する。
 二人が会えるのは、「水」が近い場所ばかり。これは、ジュゼッペの最期に繋がるためだろう。
 二人が会えるのは、水がある場所だけ。そして、その夢が覚めるとき、ジュゼッペが少しずつ死に近づいていることを私たちは知る。夢から覚めたジュゼッペは、全身が汚れていて、自分で用を足すことができないほどに衰弱しているからだ。
 でも、死という、“終わり”の存在が、ジュゼッペにとっての微かな希望だったのかもしれない。彼は、早く自由になりたかったかもしれない。

 死ぬ間際、ジュゼッペの体重は約30キロで、ほとんど骨と皮だけであったという。細い首をしめられ、小さな動かなくなった肉体は硫酸の海に投げ込まれた。どろどろに溶けた、ジュゼッペの肉体だったものは川に流され、何一つ彼の身体の痕跡は残らなかったらしい。
 映画のなかでも、それは変わることはない。ジュゼッペの肉体は、元の姿などみじんも残さずに川を流れていく。
 エンドロール、私は涙が止まらなかった。文字を追うだけなのに、こんなに切なくて苦しいことってある?
 どうして、彼の父親は……。
 どうして、村の人たちは……。
 どうして、警察は……。
 たくさんのどうしてが積み重なって、ジュゼッペのことを想う。彼が生きている道を見つけようとする。それでも、見つからない。どうしても、私たちはその道を見つけることができない。
 二人の幼い恋は、美しく切ない。苦しすぎるほどの結末に、私の胸はヒリヒリと痛んで、涙を流し続けたせいで頭はズキズキと痛んだ。そして、叫びだしたかった。大きな声で泣けたら、いくらかスッキリしたかもしれない。しかし、そんな行動すらはばかられてしまう。
 それは、大人だからとか、周りの目がとか、そんな単純な話ではなく。

   そんな風にさらけ出したところで、私はこの結末を受け止めきれない。そのことを私自身がよく知っているからだ。
 
 監督たちは、残虐すぎるこの事件を忘れない欲しかったと語っている。風化させるべきではないし、ジュゼッペという少年の魂を解放したかった、と。その解放する役を、ルナという現実には存在しない少女が担っている。彼を心から愛して、彼によって救われることで、ジュゼッペは自由になれたのではないだろうか。どうか、なっていてほしい。

 スクリーンに映しだれた景色は美しい。しかし、私の知っているシチリアとは大分かけ離れていた。太陽の光に海が、まぶしいくらいに輝いている――それが、私の知っているシチリアという土地である。
 そんな陽気な雰囲気はこの映画には見当たらない。森に囲まれ、大きく息を吸い込みたくなるような、そんな自然の美しさに恵まれた土地で、この事件は起こったのだ。美しい土地で起こったこの事件を、私たちは忘れてはいけない。

 どうかジュゼッペの魂が安らかでありますように。そう祈らずにはいられなかった。

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