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「自分はまだまだ何も知らないなぁ」×「おなかすいた」× ♯66330E / しの

――チョコレートみたいな色してるな。
 先輩は私が気まぐれで染めた髪色が気に入ったと大きく口を開けて笑った。
「で?」
「で?って……?」
 えっちゃんがくりくりとした大きな目をさらに開いて顔を覗きこんでくる。
「私、いまマチコの初恋の話を聞きたいって言ったわけですが?」
「そうだね~」
「ってか、髪染めたっていつのことだよ!」
「えーと、高2の頃だから3年前?」
 17かぁ~と深いため息と共に言葉を漏らす。一体どういう意味よ、と横目で見ると本当につまんなそうな顔をしているから、何故かこちらが悪いことをしたような。申し訳ない気がしてくる。
 えっちゃんは、“女の子”だ。女の私でも守りたくなるくらいに。背が小さくて、色が白くて、ひらひらとした服が似合う。だからといって、スカートが好きというわけでもないらしく、Tシャツにデニムなんかも着こなしてしまう。そんな気取ってないところが好きだと女友達も多いのだ。彼氏になりたいゼミの男子なんて何人いることか。ああ、愛される子ってまさにこんな感じなんだなって、なんか納得してしまう。
「……マチコの高校って、髪染めるのオッケーだったん?」
「いや、禁止。黒染めしてこいって言われて無視したら、3日後くらいに明日まで髪切るとかしないと停学ってゲンコツ食らったね。ついでに罰でトイレ掃除と反省文。」
「……なかなかのフルコースね。」
 でしょ、と適当な返事をしながら、フライパンに油をひいて切っておいた野菜を炒める。バイトの給料日前だから、具は野菜だけの焼きそばだ。独り暮らしを始めてから、焼きそばに肉が入っていたことってあったっけ。
 えっちゃんも食べるんだから残り物なんかじゃなくて、コンビニでも行けばよかった。そうしたら、おにぎりくらいは買ってくれたかもしれない。
「で、その先輩とは?」
「何もなかったよ。委員会で一緒だっただけで、特に話したことなかったし。」
「なんで!」
「だって、先輩結構モテてたしなぁ。すっごい特別枠みたいな存在だったの。私は友達も少ない、暗い、話がつまらないのある意味3種の神器を兼ね備えた女だったのよ?そんな私が何を話すことあるっていうのよ。」
 野菜が焦げ付かないように菜箸でちょいちょいと混ぜつつ、麺をほぐす。……水は、入れなくていいかな。
「とうっ!」
「っだ!……えっちゃん!なんで今足踏んだの?手伝わないなら、あっちでテレビでも見ててよ。」
「一人で平日昼間のワイドショー見るって主婦か!」
「それ偏見すぎ!邪魔しないでよ。一応、料理してるんですけど。」
「IHだからへーきへーき。」
「へーきじゃない。」
 まあまあ、と言いながら、自分の前髪をいじりだす。今日は湿気があるからか、なんだかうねりが気になるらしい。少し跳ねた前髪は、えっちゃんの可愛さが上乗せされているだけの気がするのだけれど。可愛い子にだって、私のような女にだってそれぞれにコンプレックスはあるということを、えっちゃんと友達になってから知った。結局は、みんな無いものねだり、なんだよな。
「……私はさ、いくらマチコだからってマチコの悪口は言ってほしくないな。」
「……私のことなんだから、一番私が知ってるよ。可愛げないとことか、着たい服は似合わないこととか~、あとは色気がないこととか!」
「いーや、マチコの不愛想なところはただ不器用なだけで話すようになると意外と笑ってくれるし、私が着たいような服はぜーんぶ似合ってる。身長だって高いし、体重は増えたとか言ってたけど、それ絶対筋トレして筋肉量増えたせいだし。色気は~まあ、大食い辞めればなんとかなるよ。」
「……それって励ましてないよね?」
 思わず隣でブラブラしてるえっちゃんに目を向けると、ばっちりと視線が絡み合う。一瞬の沈黙のあとに、二人で思い切り吹き出した。
「マチコはなんにも分かってない!」
 笑いながら言うもんだから、なんだかそんな気がしてきてしまう。
「そっか~なんにも私は分かってなかったんだな~」
 ふざけて言うと、そうだよ!と思い切り背中を叩かれる。えっちゃんの笑顔はすべての憂鬱を吹き飛ばす不思議な力を持っている、気がする。
「えっちゃんだって~私の好きなブランドの服似合うし、ヒールだって履きこなせるでしょ。男の子とも女の子とも仲いいし。今年に入って告白されたの何回?」
「そんなこと数えてるの嫌味臭いっしょ。……6回!」
「いやみくさ~!」
 ぎゃははと女二人とは思えない笑い声が狭い台所に響く。ああ、好きだな。えっちゃんのこういうとこ。
「分かってなかったのは、お互い様っていうことで。」
 えっちゃんが呟くと同時にソースの封を切ってふりかけると辺りいっぱいが香ばしい匂いに包まれる。くーと同時に小さく音が重なって、こんなところで仲良しアピールすんなし、と肘でどついてやる。
「ね」
「んー」
「……おなかすいた。」
「あと1分」
 そういうと、えっちゃんは勝手知ったるように近くの棚から皿を2枚出してスタンバイをする。……いつから、私の部屋のものを把握してるんだっけ。
 ふと、いつもゼミで私たちの近くの席をキープする男子を思い出す。結構爽やかで、えっちゃんと盛り上がっているところを見るのになかなか進展がない。まぁ、私にべったりなえっちゃんを引きはがすのはなかなかに至難の業だろうしな。彼の恋が成就するのは、成就するとしたらまだ先になるだろう。
 かわいいえっちゃんは、私の隣を誰にも譲る気はないだろうから。
 一度だけ話した先輩を、そっと思い出してみる。窓際の席に座る先輩の髪は、いつも日に当たって薄い茶色に光っていた。それがなんだか大人びて見えて、私の髪色もそれに近づければ大人になれる気がしたんだ。
 あれから一度も髪は染めていない。次、染めるとしたら何色にしようかな。えっちゃんとおそろいもいいかも。
軽やかに鎖骨で揺れる彼女の髪をじっと見つめた。

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