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何百度目かのはじめて

自分の意志で何かを続けられた試しがない。

スイミングスクール。
小3にもなるのに顔を水につけることすら怖がって、幼稚園の子たちと同じクラスで腕に空気の団子をつけてぱちゃぱちゃやっていた。
身体だけは成長が早くクラスで浮いていたわたしをコーチが気の毒に思ったのか、実力を伴わない昇級を重ねて、
次はクロールをやってみようね、の日。
風邪を引いて休んだ。そのまま行かなくなった。


交換日記。
よく一緒に遊んでいた女の子と、クラスの気になる男子と、なぜか3人で交換日記をすることになった。
教室で何かの裏取引みたいにこそこそノートを渡すのも、家で今日は何を書こうか考えるのも、放課後誰かの玄関先に集まって日記に書いてあったことについて話すのも全部楽しかった。
このノートがきっかけで付き合ったりとかあるのかな、なんて淡い期待も抱いてみたり。
随所にキティちゃんのイラストが散りばめられた、あまり厚みのないノート。
半分も埋まらないまま、わたしの手元で止まった。


レジン。
部活に入らなかったので時間があった。周りの女の子が身を飾ることに目覚めはじめて、お金はないからみんな同じ安いお店で買った同じような安いアクセサリーをつけていた。
型に樹脂を流し込んでUVライトで照らすと固まって、好きな形が作れるらしい。パーツをつければネックレスにもイヤリングにもなる。わたしが作ったわたしだけのアクセサリー。なんて素敵な響き!
100均で材料を買い込んで、ドロップのなりそこないみたいな樹脂のかたまりがいくつかできて、それだけだった。


就職活動。
いままで生きてきた道のりが正しかったかどうか、この就職活動の結果ですべて決まるのだと思っていた。
めちゃめちゃにスケジュールを詰めた。朝から面接、昼に合説、午後一番でグループワーク。わたしは間違っていなかったと証明しなければいけない。
インターンからずっと関わっていた企業の内定が出た。よかった、本当によかった、
糸が切れた。
内定承諾書を催促する連絡が何度も来ていたけど、ひとつも返すことができなかった。


ギター。
初めての一人暮らし、壁の薄いアパート。まあまあブラックな労働。趣味が欲しかった。
毎晩添い寝をしている錯覚に陥るほどいびきをかく隣人に怒られないように、外枠だけでできていて弾くだけでは音の響かない、オブジェみたいな見た目の、サイレントギターというやつを買った。
ギターに繋ぐと自分にだけ音が聴こえるから、ちょっといいヘッドホンも買った。ブラック勤めは時間がない分少しばかりお金があるんだ。
元軽音部の彼氏に弦を張ってもらった。替えの弦も買った。教本を見ながら噛みしめるようにコードを押さえた。一曲弾けるようになったら、知らない田舎の駅前にでも行って弾き語りなんかしちゃおうかな。
季節がひとつ移るころには、ギターは本当のオブジェになった。錆びた弦。替えはあっても張り方がわからないし、替えてくれる彼氏はもういない。


煙草。
成人の記念に1本だけ、と初めて火を点けたけど、そういえば両親とも筋金入りのヘビースモーカーだった。サラブレッドであるわたしの肺はみるみる紫煙に溺れていった。
これだけは、煙草だけは続いてしまっている。
無理もない話で、自分の意志で何かを続けられない人に煙草なんか宛てがったら自分の意志では止められず生涯添い遂げてしまうに決まっているのだ。
病院で爛れた肺や片方だけしわくちゃお婆ちゃんになった双子の写真を散々見せられても、
出来るだけ真剣に驚いた顔をしてお医者さんの期待に応えようとするのが、わたしの精一杯の社会性。


もういい大人になってしまった。何も続けられないまま。


何か、何かが欲しかった。
わたしを位置付ける、まっすぐ一本通った芯のようなものが欲しいとずっと思っていて、今でも思っている。


それでまた懲りずに、今度はnoteなんか始めてみて、考え無しに文字を打ち込んでいる。
どうせ3つくらいで更新が止まるんだろうな、と冷めた目で自分のつむじを見下ろしながら。

あなたの応援は、わたしの記憶の供養になり、続けることが苦手なわたしのガソリンになります。具体的にはおそらく記事に書いたことやあなたの存在に思いを巡らせながら飲むお酒になります。