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中学生時代のお話(2)

 それでは、今日は昨日書いた「ターゲット」となるお話。


 そう、なんの「ターゲット」かっていうと、いじめ。私は中学2年生の時、いじめに遭ってしまいました。

 元から目立ちたがり屋だったので、きっかけがあれば叩かれるのは遅かれ早かれそうなっていたことでしょう。

 そのきっかけとなった事件がありました。

 その事件というのは、ここで書くのは適切でないと思うので明確には書けないのですが、男女の良くない関わりがクラスで起こっていました。それは中学2年生が学校でするには目を閉じれる範囲を逸脱していた。周りのクラスメイトも見て見ぬふりをしていたのですが、明らかに良くない雰囲気が漂っている。

 私はその雰囲気に耐えかねて、先生に言いに行く事にしました。いわゆるチクりってやつですね。私が席を立って数分後、先生が教室にやってきました。私がチクった本人であるのは明らかだったでしょう。それは学校で大きな事件として扱われ、それに関わった生徒の親御さんまで巻き込む事態となりました。

 私はスクールカーストの中では下位の真面目なグループにいたのですが、カースト上位の生徒達の怒りをかってしまいました。

 最初は同じ部活の人達は私の味方をしてくれていたのですが、私のクラスのカースト上位に影響されたのか、部活内でも私を避け始めました。

 生徒会選挙にも立候補していて、友人に応援責任者をお願いしたのですが、その友人はカースト上位のお仲間。他の友人に言われるまま、私を避けていくようになりました。

 いじめは本格化し、無視、悪口、バカにしたような笑いをされることが増えていきました。

 部活で仲良くしてくれていた友達もだんだんと減っていき、私は居場所を無くしていきました。

 それから私は不登校になり、さらに自傷行為も増えていきました。

 おそらくいじめのきっかけはこれだけではなかったのだと思います。いじめられる方にも非があるという意見と、どんな理由があってもいじめて良い理由にはならないという意見があります。確かにどんな理由があってもいじめは良くないのですが、自分できっかけを作っていたのも事実でしょう。

 私の場合は精神的攻撃が多くて、物理的な攻撃はほぼ無かったのでまだ良い方…だったと思うのですが、程度の問題ではないですよね。

 もしそれでいじめられていた人が自殺などしたら…考えるだけでも恐ろしい。一生誰かに恨み続けられるでしょうし、重荷を背負って生きていかなければならなくなる。

 そんな事、いじめている側は想定していないでしょうね、ただ誰かを虐げていればスッキリするし、優越感に浸れる。気持ちいいでしょう。

 しかし、その結果私は自傷行為を拗らせ、精神を病んだ。このいじめだけが今の私を作っているわけではないですが、心の傷の一つ、人との関わり方のひねくれた考えをする理由の一つになっていることは確かでしょう。

 恨みつらみを書くことは簡単ですが、案外私は強かったようです。

 学校に行かなくなったこの時期から、私は地域の図書館に良く行くようになりました。元々アニメが好きで、当時ラノベが流行っていて、本を読むのにハマっていたのですが、図書館では「心理・哲学・自己啓発コーナー」に目を惹かれました。

 そこからたくさんの書籍を読み漁り、心理学や哲学書、自己啓発本を読むようになり、自分の肥やしにしていきました。

 1人自分の部屋でベッドに包まり、考え込むことも多かったのですが、たくさんの本を読むことで、なるほど、私が考えていた事はこういう事だったのか、と自分の考えが明確になって、心が軽くなっていきました。

 それから結局、進級するまで学校には行けなかったのですが、3年生になってクラスメイトが変わり、学校に行けるようになりました。

 私がその時、たくさんの書籍を読んで思ったこと。それは経験が人を成長させるということ。私たちは一生のうち、自分の人生の中で経験したことしか自分のものに出来ません。

 ですが、本には他人が人生の中の経験で得られた気付きが書いてある。それを読む事で、自分が人生の中で経験できない事を吸収出来るのです。

 百聞は一見にしかず。ですので自分が身を持って経験した事よりは質が劣ってしまうかもしれないけど、やっぱり知らないより知っていた方がいい。自分を強く、豊かにしてくれます。

 だから、いじめられたことも、時間がたった今では良い経験だと思っています。人生波乱万丈で飽きることがない。きつかった分、自分は強く豊かになった。

 頑張ったね、良く踏ん張ったよ、昔の私。

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