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【連載エッセイ】悪妻のススメ(第2話:お付き合い)

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2回目のデートは、東銀座にある予約の取りにくい人気の鯛めし店だった。

デートのときは約束の30分前には待ち合わせ場所に行き、お店までの道順を歩いて確認する。

またそこから次に立ち寄るカフェまでの道順も歩いて確認する。

初めて訪れる場所でも迷うことなくスマートに振る舞えるように、婚活を通して身に付けた所作だった。

日曜日の午後12時半の待ち合わせに、妻はやはり少し遅れてきた。

一人で先に着いて待ってるのが嫌なの!

そんな自分本位な理由を知るのは、もう少し先のことだ。

私たちは案内された10席程のカウンターテーブルの席に座り、次々と運ばれる料理を口に運んだ。

どの料理も美味しかったが、私は本来グルメでもなく、ファーストフードやチェーン店でも十分に満足する性分だ。

あの頃は、雰囲気が良くて料理が美味しいお店をコレクションしていたが、それは婚活のためにしていた努力だった。


そもそも私には恋愛や婚活を楽しむ才能がない。

正直、恋愛や婚活は面倒くさくて、自由気ままに一人でいる方が好きだった。

食事を終えると、私たちは駅の方へ向かって歩いた。そして事前に下見したカフェが近づくと、さも今思い立ったかのように自然な振る舞いで妻を誘った。

私「もしまだ時間があれば、ここでお茶でもして行きませんか?

妻「いいですよ。

こんなスマートに見える振る舞いができるのは、入念な準備の賜物だ。

こんな見えない努力までしてるのに、もう5年も婚活していて、うまくいく気配がない。

何故だろうか?


きっと何か根本的なところが間違っているのだ。

その正体を掴み変えなければ、永遠に私の婚活は上手くいかないのではないかと感じていた。

だけど、どうして良いか分からない。
う〜んと考えたとて、すぐに答えが出るものではなかった。

あ~もういいや。もう自分をよく見せようなんて思うのは辞めよう。

思うままに素の自分で振る舞って、ダメならそれは仕方ない。そう開き直って初めて対峙した女性が妻だった。

優しそうとか言われますけど、私は全然優しくないですからね。

婚活してますけど、そもそも誰かと一緒に暮らせる気がしないんですよ。

結婚相手は、その人が好きかどうかより、一緒に住めることの方が重要じゃないですか。

誰でも一緒に長く暮らしてれば、愛情は後から芽生えるものだと思うし。

長くお付き合いしても、一緒に生活してみないと分からないから、一緒に住める人と結婚を考えた方が早いと思うんですよね〜。」

人を好きになり、恋愛して、結婚する。

その順番が一般的だとすると、私は少し変なことを言ってるもの分かっていた。

でもそれが私の本音だった。

出会って間もない女性に、こんなに本音で話すのは初めてだった。


女性の話には耳を傾け、優しく包容力のある男であるべきだ。

常に会話はリードして、女性が心地良くいられる空間を作るべきだ。

そんな頭の中のあるべき姿を無視して、思っていることを素直に話す。

ふん、ふん」と頷く妻の目には、どのように映っていたか分からなかった。

あまりにも本音を晒し過ぎたので呆れられて、今日が最後になるかも知れないと思った。

それでもお店を出るとき、一応いつも通りの基本動作で、次のデートのお誘いをした。

私「次は、映画でも行きませんか?

妻「いいですよ。

私「(あ、いいんだ。。。)」

物事が上手くいかない原因は、大抵自分の中にある。

自分の中で勝手に作りあげた「あるべき姿」に縛られていたことに気づいた瞬間だった。


3度目のデートは、日本橋で映画を観て中華料理店で食事をした。

やはり私は本音で振る舞った。

妻「ひでさんはこれまでどんな恋愛をしてきたのですか?

私「これまで一人の人と長く付き合ったことがなくて。喧嘩とかしたくないから、不穏な関係になるとさっさとお別れしてきた。そんな私が結婚するには、たとえ嫌になっても逃げられない環境に身を置くしかないんじゃないかと。例えば、とりあえず一緒に住んでしまうとか、、、

自分の言葉で自分自身を再認識しているような感覚だった。

妻「じゃあ、私たちとりあえず一緒に住んでみますか?

そう切り出したのは、妻だった。

私「は!?

本音とはいえ、例え話をしただけで実際に行動に移す気などなかった。

出逢ってすぐの男女が、とりあえず一緒に住んでみるなんて非常識だ。

いつだって妻は常識という壁を軽々と超えてくる。そもそも壁なんてものは、見えていないかのようだ。

妻「じゃあ、ひとまずお互いの家を見て、どちらに住むか決めません?次回は、私があなたの家に行きますよ!

次々と段取りをつけていく妻。

私「(え?冗談?じゃなくて?〉

私が戸惑っているうちに、いつの間にかお互いの家を訪問する予定が決まっていた。

一体この人は何を考えているのだろう?

自分の言葉がきっかけとは言え、まさかこんな展開になるとは想像していなかった。


数日後、私の家を視察するために、最寄駅の改札口で待ち合わせをすると、妻は本当に来た。

私「本当に来るとは思わなかったです。笑

妻「え、なんで?

私「いや~ 笑(なんで?じゃないし・・・)

近くのイタリアンのお店でランチして自宅に行くと、まるで不動産屋のように家の中を案内した。

妻「そう言えば、ひでさんってどんな会社に勤めているんでしたっけ?

そんなことも知らない関係なのに、一緒に住む方向で進んでいるということに違和感を感じながら、私は会社の名刺を差し出した。

私「〇〇株式会社の〇〇(ひでさんの本名)と申します。

すると、妻もバックから自分の名刺を取り出し、家の中で名刺交換をした。

何ともシュールな光景だ。

私「では、駅まで送りますよ。

このまま本当に一緒に住むことになるのかな?とか考えながら駅に向かって歩いていると、おもむろに妻が口を開いた。

妻「でも私たちって手も繋いだこともないのに、一緒に住む話を進めてるなんて、おかしいですよね〜。笑

私「(いや、あなたが推進してるし・・・)じゃあ、手でも繋いでみますか?

妻「はい。

年甲斐のなくまるで高校生のように手を繋ぎ、今度は私から提案した。

私「ひとまず、お付き合いしませんか?

意外と私は常識人だ。

もし本当に一緒に住むのなら、形だけでも付き合っていることにした方がいいと思った。

妻「いいですよ。」 

私「(あっさり・・・)では今から私の彼女ですね?

妻「はい。では私の彼氏ですね?

私「はい。

こうして私たちは一緒に住むことを決めてから、帳尻を合わせるようにお付き合いをすることになった。


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