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わかりやすい目標がなくなってからが人生の本番?~双極性Ⅱ型でも夢をかなえる~

実は最近、といってももう2年以上、これといった目標がないまま過ごしています。早起きして勉強したり、毎日新聞読んだり、そんなことはとうにしなくなってしまいました。

こんなに目指したいものがなくて、自分の核が空洞になってしまったような感覚があるのは人生で初めて、といっても過言ではないかもしれません。

もちろん、「森林を中心に環境問題の解決に貢献する」という人生の大きな目標は変わらずあります。でもそれに対して自分は何が強みで、どうアプローチできるか、したいのかが全く分からなくなってしまいました。

そんな時に、たまたま出会った言葉が、今回のタイトルにもした
「わかりやすい目標がなくなってからが、人生の本番なのかもしれない」

大学時代には、大学院留学と奨学金の合格を目標に過ごし、院を修了してからは森林保全分野の第一線で働けることが楽しくて、これがやりたかったことなんだ、と感じて過ごしていました。

でも、受験や就職、結婚は、ある意味わかりやすい目標、ある意味いまの社会的になんとなく「善」とされている(設定されている?)目標でしかないのかもしれません。

それらを達成、悪く言うとただクリアしても、その先にあるものなんて何も保障されてないわけです。その先こそ、自分で目標は設定していかないといけないのかもしれません。

もちろん、目標がなくてもいいじゃん、という人は一定数いて、それはそれで否定しません。ただ私は単に頑張る、ということができない人なので、目標が必要なのです。

↑ここまで書いて、数日悩んでいました・・・。

もしかしたら、わかりやすい目標の次の目標って、今の自分に見えるところにはないのかもしれません。だから今目の前にあることを焦らず、怠らず、やっていくしかないのかもしれません。そういう時こそ自分の基礎力を上げる時なのかも。

次の目標となるものへ大きくぶれずに向かっていくためには、自分の軸になるところを見つめなおしたり、見える世界を広げていくために考え続けること・新しい体験をすることも必要なのかな、と思いました。

うーん、あまりまとまらず・・・もう少し悩みたいと思います。
今回も読んでいただきありがとうございました。



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