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上間陽子「海をあげる」を読んで

 ひたすら心臓が凍るような想いで読み終えた。というか、本当に凍えた。自分がいまどれだけ恵まれ、幸せで暮らせているかを痛感させられた。

 上間陽子さんの著書ははじめて読む。はじめてで、こんなにものめり込めさせられ、こんなにも気持ちを揺さぶられた作品は他にあるだろうか。わたしはジャンル問わず毎月10冊ほどの本を幼いころから読んできたが、こんなにも心を打たれた作品ははじめてだった。
 

「ひとりで生きる」に登場した和樹には涙を流すほど共感した。

 -----お父さんもうあれなんで。かわいそうなんで。
 -----服も買いたいし、遊びたいし、飲みに行きたいし、っていっぱいあるじゃないですか。弟にそれをやらすのは違うなって思ったし。
 -----たぶんでも普通に一般的に五万って高いと思うし。僕も別に気にならないからそこまで触れてないし、高いと思うんですけど、プライドっていうか。

 わたしには弟がいる、どうしようもなく最低でどうしようもなく愛おしい弟が。
弟が19歳のころ「先輩に借金がある」と言って親の金をたくさん盗んだ。親は泣き叫び、怒り狂った。親の金を盗んでも借金は返せていなかった。  だから、わたしが返した。
 当時は弟に対する愛おしさゆえに返済を手伝った気でいた。でもこの作品を読んで、和樹の声を聴いて、「ああ、わたしはわたしのプライドがあって返したんだな。わたしは人よりいくらか高い賃金を貰えている、だから返せる。そのプライドで弟に金を渡したんだな。」と気付いた。
 「お姉ちゃんだから。」そんなプライドで。
 いま思えばそんなプライドは、ただ自分が苦しくなるだけの呪いだった。わたしがわたしにかけた、呪い。
 そのことを相談したひとには、すごく優しいお姉ちゃんだよね、と言われた。優しさと己自身を呪うプライドにはどんな違いがあるのだろう。



 10代で母親になった若い女性たちへの聞き取り調査の内容は、読んでいて本当に苦しかった。
 幼いころ、近親相姦を受けてからPTSDになった17歳の母。
 援助交際を彼氏に強いられるまだ10代の女性。
 家族を支えるために風俗で働く女性。
 全て、現代で起こっている紛れもない事実。
 彼女たちの生き様を知らない人たちは、軽い気持ちで「風俗で働くなんて気持ち悪い。」などと軽蔑するだろう。実際、昔も今も身体を売る女性は軽蔑されている。
 わたしはなぜ軽蔑するかわからない。労働して賃金を貰う。どの仕事でも同じではないのだろうか。
 「親から貰った身体を大事にしろ。」その"親"から大事にされずに育ったひとたちは、大事にする方法を知らずに大人になったのではないだろうか。
 風俗で働く女性には様々な理由があると、わたしは考えている。ただ単に、遊ぶ金欲しさだけではないと。風俗で働いたこともないのに、その女性たちの背景も知らずに、なぜ簡単に生き様を否定できるのか?
 わたしは想う。彼女たちは、必死で必死でただ生き延びているだけではないのか。自分が自分でいられるために、必死なだけではないのか。
 …どんな方法であれ、必死に生き延びることの何がいけないというのか。

 わたしは、大事なひとたちに、どんな形であれどんな生き様であれ、生きていてくれさえいればそれだけで涙が出るほど感謝したい。 


 本書のタイトルでもある「海をあげる。」の章では、衣食住が揃い、何も考えずに好きな場所へ出かけることのできる自分が、どれだけ幸せなのかを痛感した。それに、わたしは、声をあげて怒ることをしてもいいのだと、気付かされた。

 沖縄の辺野古にある海は新基地建設のために土砂をがいれられ続けている。生き生きと生き物が宿るこっくりとした、あの青い海に。土砂がいれられ、青い海は赤くにごってしまっている。
 わたしは数回しか沖縄に行ったことがないが、『沖縄の海=すごく綺麗』程度にしかいままで感じていなかったが、自分の愚かさをとても恥じた。沖縄のひとたちがどれだけ苦しみ、怒り、戦っていたのかを「海をあげる。」を読んで知ったから。
 もしわたしが自分の大好きな場所、自然を、わたしの意見も聞かずに破壊されたのなら、わたしは絶望するだろう。
 わたしが無知なだけで、日本では実際にそれが起きていたのだ。

 また、普天間基地に隣接している地域には、根強い基地問題が存在している。
 ウォーキング途中に元米兵に強姦されて殺された女性。
 90デシベル以上になる騒音が毎日響き渡る上空。
 日用品の買い物にも、不安な気持ちで行かなければならない日常。
 


 本を読みながら、震えた。それは怒り、悲しみ、苦しみ、…様々な感情が噴出してきて震え上がった。そして、衣食住が揃い、大切なひとたちに囲まれていることへの感謝が止まらなかった。

 "母親だから"という理由だけで、どんなに疲れていても夕食を作り共に食事をしてくれる母親への感謝。
 思い立ったときにどこへでも歩いていける、丈夫な身体に育ててくれた親への感謝。
 困ったときや落ち込んだときに、助けてくれる友達への感謝。
 そして、いま生きていることへの感謝。

 わたしは、これからも日々感謝を忘れずに生きていきたい。そして感謝の気持ちをちゃんと、伝えられるようになりたい。

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