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小説:ホタルが眠るまで(4)

これまでのお話

ホタルのウーは水中から上陸し羽を持った新しい体を得ました。仲間の助言を受けて飛ぶ練習をしますが、なかなかうまく飛べず、羽が暴走して落下してしまいます。落ち込んだウーは逃げるように仲間の元を去りました。逃げた先で、ウーは月の歌を聴き、お月様に近づきたいと考えるようになります。そして、幼虫の頃に出会った友達のカタツムリのツムに再開しました。

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ホタルが眠るまで(4)

「そっか、それで1匹で居たんだね。」
「うん。」

ツムは時々うんうんと優しい相槌を打ちながらウーの話を聞きました。
ウーはこれまでのことを話すのはすこし不安でしたが、あまり辛い気持ちにはならずに話すことができました。
それどころか初めての経験と失敗のショックとでごちゃごちゃ散らかっていた頭の中が話しながら不思議と整理されていきました。
話す前よりもすこし心が軽くなった感じがします。
それに、ツムから聞いた水中の話がウーの興味をそそりました。
水中での生活、水中の魚や虫、友達のミー。
記憶にはありませんでしたが、話を聞きながらまた胸の奥がふわっと暖かくなるのを感じて、なんとなく本当のことだったのだろうと信じられました。
ただ一つのことを除いては。

「水中でホタルの子は何を食べて大きくなるの?」
「君は小さい魚って言ってたよ。」
「へえ、魚かぁ〜・・・。」

それだけは、なんだかいまいちピンときません。

「どうして忘れちゃうんだろう。」

ウーはポツリと呟きました。
幼虫の頃のこと、水中での長い生活を何も覚えていないのは不思議でした。
ウーだけではなく、ホタルの成虫皆がそうなのです。
ツムの話から、自分は水中の生活が好きだったようですし、友達もいたことがわかりました。
ツムの話を聞きながら、特にミーはウーにとって特別な友達だったはずだと思いました。
きっと他のホタルのみんなにも、大切な記憶があったはずです。
好きだったものや大切なものを忘れちゃうなんて、あんまりだよ。
大切なものを手放してここに来たのに、僕は何をしているんだろう。
ウーはちょっと胸の奥がチクっとしました。
ツムはシンと黙ってたんぽぽを見つめています。
ウーはまたツムがたんぽぽと自分だけの楽しい世界に入ってしまったのかと思いましたが、その目は何かをじっと考えているように一点を見つめていました。

「どうしたの?」

ウーが心配そうに声をかけると、ツムは少しだけビクッと体を震わせて、ウーの方を向きました。

「ん、いや、なんでもない。どうしてかなって考えてたんだけど・・・わかんないや。でも・・・僕、君と地上で出会えて友達になれて本当に嬉しいんだ。」

ツムは少し言葉に詰まりながら言いました。
ウーは友達という言葉が聞けて嬉しかったのですが、少しだけ違和感を覚えました。
何か言いたいことを隠しているみたいです。
ウーはしばらくツムが何か言うかもしれないと思い、黙って待ちましたがツムは何も言いませんでした。

「僕も嬉しいよ。僕も君みたいに好きなものを見つけたいなぁ。君にとってのたんぽぽみたいなもの、僕にも無いかなぁ。」

ウーがそう言うと、ツムはあっと呟いて夜空を見上げました。
白く強く光る月が2匹を照らしています。
ウーもハッとしました。
好きなもの、どうしようもなく気になってしまうもの。
そうだ、僕ここでお月様に声をかけようとしたんだ。
気づいて欲しいって思ったんだ。

「君はお月様の歌が聴こえるんだろう?それってすごく特別なことじゃ無いかな。僕聴いたことないよ。」
「そうなの?でも、ここからだとあんまり聞こえないんだ。囁くような歌しか聴こえない。もっと近づけたら良いんだけど・・・僕、飛ぶのも苦手だし。」
「それって今も聴こえてるの?」
「う〜ん・・・。」

2匹はしばらく静かに耳をすましましたが、風が草木を撫でるサーっという音以外には何も聞こえてきません。

「今は聞こえないね・・・。」

ウーがそういうと、ツムはすこし残念そうに「そっかぁ」と呟きました。

「もしかしたら・・・おばけの木だったらもっと聞こえるかもしれない・・・。」
「おばけの木?」
「うん、アレさ。」

ツムは目をグリンと左側に向けました。
目を向けた先に、木々の中で一本ひときわ背の高い細長い木が立っています。

「アレ、おばけの木。この森で一番高い木なんだ。」

ウーはおばけの木をまじまじと見つめました。
木のてっぺんは、一本の枝がスッとまっすぐに上に伸びて上空の強い風でゆらゆらと葉を揺らしています。
あの木に登ればお月様の歌がもっとよく聞こえるかな。
もしかしたら、僕の声も届くかも。
飛ぶのは苦手だけど、木登りならもしかしたらできるかもしれない。
ウーは風に揺れるおばけの木のてっぺんを見つめて思いました。
やりたい事を見つけてワクワクとしてきたウーの気持ちに反応して、お尻がポッポッと点滅して光ります。
そんなウーを見て、ツムは「でも・・・」とつぶやき、言いづらそうに話し出しました。

「でも・・・ごめん、やっぱり登るのはやめたほうがいいよ。バケ鳥もいるかもしれないし、危険だよ。」
「バケ鳥?」
「そう。この辺は食いしん坊のバケ鳥ってのが居てね、1度目をつけられたら最後、どこまでも諦めずにしつこく追いかけてくるんだ。ハエの子1匹逃さないって話だよ。そいつに見つかったら大変だ。」
「バケ鳥・・・。」

ウーはまだ地上に出てきたばかりなので、鳥に出会ったことがありません。
なので鳥の怖さはまだよく分かりませんでした。
鳥ってそんなに怖いものなんだろうか。
こんなに真っ暗だし、僕みたいな小さな虫を見つけられるかな。
ウーは、仮に鳥に見つかったとしても小さな体で逃げられるのではないかと思いました。
それに、せっかく自分だけのやりたい事を見つけたのです。
もう逃げ出すのも、諦めるのも嫌でした。

「僕、やってみようと思う。」
「でも・・・危険だよ。」
「分かってる。でも夜だし、鳥だって簡単に僕を見つけられないよ。それに、僕小さいからすぐ逃げられるさ。」
「あの鳥は本当に危険だってみんな言ってるよ。おばけの木にはどんな強い虫も近寄らないんだ。」
「僕このままは嫌なんだ。せっかく水中から大切な友達と別れて地上に上がってきたのに何もできないままなんて嫌だ。僕も僕だけの何かを見つけて自信を持って生きたい。何かできた、やりきったって思いたいんだ。」
「何もできないなんてことないじゃないか。君はここに飛んで上がってきたろう。」
「あんなの飛んだうちに入らないよ。みんなもっとうまく飛ぶんだ。」
「ウー・・・。」

ツムはまだ何か言いたそうにしましたが、黙って下を向いてしまいました。
ツムはそれ以上何も言いませんでした。
ウーはツムが心配してくれているのは分かりましたが、もう気持ちを抑えられません。
それに、ツムがまた何か言いたそうにしながら、言うのを辞めているのを感じて少しむしゃくしゃしました。
何を言いたいんだろう、なんで言ってくれないんだろう。
そう思いましたが、それを聞くのはちょっとだけ怖くて、ウーは聞けずにいました。

「ツム、僕行ってくるね。登って、お月様と話してここにまた戻ってくるよ。」

ウーはそう行って岩の上から羽ばたいて地面に降りました。
ウーは地面から岩の上を見上げましたが、ツムはウーをジッと見つめるだけで、何も言いません。
ウーは前を向いて、たんぽぽの花の間を歩いて進みました。
振り返っちゃだめだ。
そう思いながら進みました。
振り返ったらツムに引き止められるかもしれない、戻りたくなるかもしれない。
そしたら僕はまた何もできないままだ。
ウーは振り返らずにおばけの木へ向かいました。

おばけの木は、ツムの家のある場所から少し奥に入った茂みの中の、他の木々からすこし離れた場所に生えていました。
周りには草も生えておらず、茶色い土の上にゴロゴロとした石があちこちに落ちているだけです。
この木を今から登るのか・・・。
木のあまりの高さにウーは自信を無くしましたが、ここまできて何もせず帰りたくありません。
ウーはグッと足に力を込めて、睨むように木を見上げました。
絶対に登りきって帰るぞ。
ウーは意気込んでフンと息を吐き、木に足をつけ一歩一歩登り始めました。

木の表面は皮がざらざらして窪みも多く、足をかける場所が沢山あります。
これなら登りきれるかも、途中すこし飛んで足を休めよう。
少しくらいなら、きっと羽も言う事聞いてくれるはず。
ウーは登り方を考えながら、回り込んで枝を避けたりして慎重に登りました。
おばけの木は、本当に虫1匹おらず静かでした。
時々風が下からふわっと上がってきて木の葉を揺らし、木の葉のこすれあう音がするだけでした。
木を登るのはそう難しく感じませんでしたが、初めての長い木登りに緊張をしていました。
胸がドキドキして、体の中からの震えで足も一緒に震えます。
初めて嗅ぐ木の香りも緊張を高めました。
ウーはこの香りは少し苦手です。
木の皮の割れ目から少しだけ酸っぱい匂いがして、所々その香りが強いところがありました。
ウーは時々立ち止まって、フーッと息を吐いて胸を落ち着かせながら木を登りました。

木を三分の一ほど登ったところで、ウーは足を止めました。
大きな太い枝がウーを遮るように伸びています。
木の反対側まで回って避けて登ることもできますが、枝は大きいので時間がかかりそうです。
ここは一旦逆さまになっちゃうけど、枝に捕まって登っていくか・・・いや、そろそろ足も休めたいし、ここから飛んで一気に上に回り込もう。
ウーは意気込んで羽を広げ、枝を回り込むように飛び上がりました。
バチッ!
ーしまった!
うっかりウーの羽が、太い枝から伸びる葉に当たってしまいました。
ウーはよろりとバランスを崩し、そこから少し落下してまた羽に力を込めましたが、また羽は言う事を聞かずビビッビビッとぶつ切りに揺れながら不規則に震えるだけでした。

「うわああっ!」

ウーは必死で羽を動かそうとしましたが、うまくいきません。
また右の羽が変な動きをしています。
ウーは激しく上下しながらなんとか近くの枝の近くに寄り、必死で枝に足を延ばすと、足がひんやりとしたものに挟まれる感じがしました。

「ツム!」
「ふー!ふぁふはひ!」

ツムは枝にぴったり体を引っ付けて、貝から体を伸ばして口でウーの足をつかんでいました。
そしてゆっくり体を貝に戻しながらウーを枝の上に引き寄せ、ウーはツムのいる枝に降りました。

「ツム!ついてきたの!?」
「うん。やっぱりほっとけなくて・・・それに僕もこの木を登ってみたくなったんだ。1匹じゃできないかもしれないけど、2匹ならなんとかなるかも。」
「でも、あんなに鳥を怖がってたのに。」
「きっと、大丈夫さ。夜だし、僕たち小さいし。君がうっかりピカッとしなきゃね。」

そう言ってツムは「ふふっ」と笑いました。
ウーはポカンとしてツムを見つめました。
まさかツムがついてきているとは思わなかったのです。
あんなに鳥を怖がって、ウーを止めていたのに来てくれたんだ。
1匹で登るつもりでいましたが、ツムの姿を見てホッとして心強く感じている自分がいます。

「それに、僕がいればあの枝だって回り込むの簡単だよ。君は僕に捕まって。」

ウーはツムに言われた通りにしました。
ツムの伸びている頭と貝の間に体を挟んで捕まると、ツムは木を這って登って行きました。
ツムの背中はしっとりとして柔らかくて、安定しています。
木に捕まるよりもウーは楽に感じました。
そして大きな枝の生え際をぬるりとした動きで滑るように登って行き、枝の上に上がりました。
カタツムリはこんな柔らかく動けるんだ。
ウーはそう思うとまたツムが少し羨ましくなるのと同時に、さらに心強く感じました。
ツムと2匹ならきっと登りきれる。
いつの間にかウーの胸のドキドキは収まっていました。
そして自信が溢れてくるのを感じました。

「ツム、ありがとう。来てくれて本当に嬉しいよ。」

ウーがツムの背中から降りながら言うと、ツムは「ヘヘっ」と笑いました。
そこから2匹は並んで木を登りました。

「さっき聞きそびれたんだけど、お月様の歌ってどんな歌だったの?」
「お月様の歌はねー」

ウーはなんとなく覚えている範囲で歌って聴かせました。
ツムは静かに聴いています。
歌い終わって、「こんな感じだったよ」と言おうとした時、頭上の枝で不自然に木の葉が揺れました。
ウーとツムは止まって頭上を見つめました。

「ウー、今何か動いたよね・・・・。」

ツムが声を小さくして囁きました。

「うん・・・何かいる・・・。」

2匹はその場に止まりじっと頭上の枝を見上げましたが、生き物の気配もなく木の葉と枝以外に何も見えませんでした。

「ツム、木の反対側まで移動して進もう。」

2匹はゆっくりと木を回り込み始めました。
慎重に、できるだけ音を立てないように。
頭上からは目を離さず警戒して移動しましたが、それから一向に変な動きはありませんでした。
一体さっきのはなんだったんだろう、風だったのかな。

「アイタァッ!」

ウーが少し気を緩めた瞬間、ウーの少し右上のツムがいるあたりで声がしました。
始めツムかと思いましたが、少ししゃがれたガサガサした声です。

「うわぁ!」

ツムが驚いて大きな声をあげて後ろに下がりました。
声はしましたが、ウーからは姿が見えません。
そこには細い枝が伸びているだけでした。

「お前たちこんなところで何しとるんじゃ。」

よく見ると、枝に小さな目がついており、細い足が伸びていました。
その枝そのものが虫で、ツムがうっかり足の一本を踏みつけたのでした。

「あ・・・あの、ごめんなさい。僕気づかなくて・・・。」

ツムがそう言うと、枝に似た虫はフンと不機嫌そうに息を吐いて、木を登ってウーたちの頭上少し先の枝に上がって行きました。

「ツム、大丈夫?」
「うん・・・びっくりしたなぁ。あんなに枝に似た虫がいるなんて。全く気づかなかった。」
「どうして1匹でこんなところに居るんだろうね。」
「さぁ・・・ちょっとついて行ってみようか。」

2匹は枝に似た虫のいるところまで登って行きました。

「あの・・・僕、カタツムリのツムです。こっちはホタルのウー。あなたは誰ですか?どうしてこんなところに1匹で居るの?」

ウーとツムは少し離れた場所に立ち、ツムは恐る恐る声をかけましたが、枝に似た虫は黙ったまま全くこちらを向きません。
ただグッと体を上に伸ばして、何かを見つめていました。
ウーとツムは顔を見合わせて、ゆっくり近づいて行きました。
同じように見上げると、頭上には枝葉が左右に分かれてまっすぐてっぺんまで続いている平坦な道がありました。
それは木の頂上まで続いており、その先に月が輝いています。

「あ・・・お月様・・・。」

ウーがつぶやくと、枝に似た虫が怒ったように強く息を吐いて「シーッ!」と言いました。

「やかましい。聴こえないだろうが。」
「聞こえないって何が?」
「静かにせい。」

ツムの質問には答えず、枝に似た虫は怒って言いました。
ツムは怒られたのにびっくりして顔を貝にヒュっと隠して目だけを伸ばしています。
言われた通り2匹が静かになると、頭上の枝の割れた道を通って何か聞こえてきます。
ウーはハッとしました。
お月様の歌だ・・・。

「ツム、耳をすましてみて。お月様の歌だよ。」

ウーはツムに囁きました。
ツムもじっと耳をすましているようで動きを止めました。
すると、上からまたささやくような歌が聴こえてきました。

「お前、さっきこの歌を聴いたことがあるって言ってたな。」
「はいっ!」

2匹が一緒に歌を聴いていると、不意に枝に似た虫が話しかけてきました。
さっき、頭上で感じた気配はやはりこの虫だったのです。
ウーはとっさに返事をしましたが、びっくりして声が裏返ってしまい少し恥ずかしくなりました。

「わしはナナフシじゃ。悪いことは言わん、すぐにお前たちの住処に帰れ。ここは危険じゃ。」
「僕たち、この木を登りたいんです。僕、月の歌をもっと近くで聴きたくて。」
「危険だ。こんな風になりたいか?」

ウーが食い下がると、ナナフシは体をウーの方に向けて、右の上から二番目の足を見せてきました。
足は二つ目の関節から先がなくなっており、残った足が短くピンと空中に伸びています。

「それは・・・。」
「これはバケ鳥にやられたものじゃ。」

ナナフシは落ち着いた様子で、少し下を向いて言いました。

「わしも、昔この木を登ったのさ。月の歌を聴いてな。その途中で鳥に襲われてこのザマだ。だが命があっただけマシってもんだよ。分かったか、こうはなりたくないだろう。」
「でもー」

ウーが何かを言いかけると、また頭上からささやくような月の歌が聴こえてきました。

「あぁ・・・。」

ナナフシはまた上を向いて、息を吐くようにつぶやきました。
ウーも同じように上を見上げました。

「わぁ・・・お月様の歌、素敵だねぇ。」

やっと月の歌が聴こえたのか、ツムが貝から少し顔を出し、目をキラキラとさせて上ににゅっと伸ばしながら言いました。

「あの方はいつも・・・1匹ぽっち。1匹で歌ってらっしゃる。わしと同じ。鳥や獣に怯え、枝に紛れてどんな虫にも気づかれず1匹で生きるわしと同じだ。」

ナナフシは少し寂しそうに言いました。
ウーにはなんだかその寂しい気持ちが、月に寄せる思いが理解できました。

「僕・・・。」

ウーは静かな落ち着いた声でこれまでのことを話しました。
地上に生まれてきて、ホタルたちになじめずにいたこと、月の歌を聞いたこと、記憶をなくしてツムにあったことを。
話せばなんとなく、どうして月に近づきたいのか伝わる気がしたのです。
すると、ナナフシは「そうか、そうか」とつぶやいて、ポツリポツリとまた話し始めました。

「わしも、あの方のそばで歌が聴きたかったんだ。」
「はい。」
「初めはただこの木のまだ下の方で歌を聴いていたんだ。でも次第にもっとあの方の歌をよく聴きたくなった、出来るだけ近くでね。それで、この木を登ったらもっと近くで声が聴けると思ったんじゃ。」
「その途中で鳥に・・・?」
「このもう少し上のあたりだよ。お前と同じようにわしもこの枝のない場所を登れば近道ができると思ったのさ。でも・・・それがよくなかった。登っている途中で、また歌が聴こえてきた。それに気を取られて足を止めていると、近くで鳥の羽ばたく音が聞こえた。そしてすぐに風が切れるするどい音がして、気がついたら体が宙に浮いていた。この無くなった足を嘴にくわえられてな。」

ウーは恐怖で静かに聞き入っていました。
しばらくの沈黙を破ったのはツムでした。

「そんなに枝に似ているのに・・・どうやって逃げたんですか?」

ナナフシは質問には答えず、それからしばらく何も言いませんでした。
ツムもまた黙りました。

「それから、ずっとここに?」

ウーがそう聞くと、こっくりと頷きました。

「私は頂上にはたどりつかなかった。もうこの足では頂上まで登ることはできない。それに、次に鳥に襲われたらそれが最後じゃろう。ここは下より不思議とあの方の声がよく聞こえる。それだけで良い。わしはそれで良い。」

ナナフシはじっと頭上の月を見上げました。
ウーはそんなナナフシを見ているとぎゅっと胸が締め付けられるような気持ちになりました。
1匹ぽっちで、ただここで歌を聴いているだけなんて・・・。
ウーはたまらなく寂しく、怖くなりました。
それはツムも同じでした。

「ねぇ、ウー。もう帰ろうよ。」

ツムが貝に顔を半分以上埋めながら言いました。
ウーはツムの方を向いて、少し考えました。
確かに鳥は怖い・・・でも・・・。
このまま、また諦めるのか僕は。
ここから逃げ帰って、それから?
僕は何ができるようになるんだ?
そう思うとなかなか帰る気になれませんでした。

「ウー・・・ここは危険だよ。もう良いじゃないか、ここまで登ってこれただけでもすごいよ。君は木を降りて、ホタルたちの元に帰った方がいいよ。」
「なんでそんなこと言うの。僕、このまま帰れないよ・・・。」
「そんなことないさ、ホタルたちは君に協力してくれてたんだろう?君のこと心配してるよ。帰ったら仲間に入れてくれるさ。」

ウーはホタルたちをかばうようなツムのいいかたに強い衝撃を受けました。
どうして今更そんなことを言い出すんだ。
ウーの胸の奥がグラグラと揺れて怒りが沸き起こってきて、ウーの感情に反応してお尻がピカピカと強く点滅しました。

「ウー、落ち着いて。」
「どうして?君はあの場に居なかったじゃないか。僕、彼らに笑われたんだよ。失敗して、うまくできなくて、悔しくて辛かったんだよ。」
「でも・・・。ウー、僕ずっと考えてたんだ、どうして君たちホタルが幼虫の頃のこと忘れてしまうのか。昔のことを忘れてしまうのはーーー!」

そこまでツムが言ったところで、急に風が強くザワッと吹き荒れ、頭上でヒョウッと大きな鳴き声が響きました。
ウーたちは皆、驚いて目を見開き顔をあげました。
頭上で、月を背にした真っ黒な影が大きな翼を広げ、黄色くぎらりと光る目でウーたちを睨みつけています。

「バケ鳥じゃ!!!」

ナナフシが叫び、すぐ枝に紛れるように逃げて行きました。
鳥は羽を閉じて黒い丸になり、ウーたちに狙いを定めてまっすぐに落ちてきました。

続く。