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さくらとはると社会史の先生と元生徒

 「でさ、はるさぁ、知ってる?」


 「なにが?」


 「西公園がちょっとだけ浮いてるの。知らないでしょ〜?」


 「え?どっちが?」


 「なに、どっちって?」


 「いやなんか、西公園てふたつあるじゃん」


 「ふたつ?」


 「ほら、道路またいでさ」


 「え?あれってどっちも西公園なの?」


 「いやわかんないけど」


 「え、西と東だと思ってた」


 「いやいや!西公園と東公園てこと?」


 「うん」


 「いやいや、それはないでしょ。わかんないけど。」


 「西公園ですって感じのほうが西公園だね」


 「それどっち?」


 「仙台駅のほうから見て左側の」


 「え〜?ん〜、あ〜、わかる気がする」


 「あと、仙台駅もちょっとだけ浮いてるんだよね」


 「さっきからなんなの、そのちょっと浮いてるってやつ」


 「ちょっとじゃない、ちょっとだけ。」


 「細か」


 「ちゃんと伝えたいんだよ。」


 「ごめんごめん。ちょっとだけね。」


 「うん」


 「いやその前にさ、西公園と東公園の話、まだ納得いってないからね。」


 「なんで」


 「方角的に」


 「方角?だから西と東だって」


 「方角的にどっちも西の可能性あるよ?そうなったら、北と南で分けるでしょ。」


 「でもほら、西公園が南寄りの西でさ、東公園が北寄りの西だったらさ、ん?それだと、え〜、西公園と西公園だね。」


 「ぶっ、いやだからそうなんだって!西公園が2つなんだよ!!」


 「はるうるさい」


 「さ〜せ〜ん」


 「じゃあ、ふたつ浮いてるんだよ。ふたつの西公園がちょっとだけ。」


 「歩道橋も一緒に?」


 「西寄りの西公園から東寄りの西公園に渡る歩道橋も一緒に。」


 「いや絶対両方とも西だって。「寄り」とかないよ。」


 「なんで」


 「道路またいで東と西に別れるような微妙なところに西公園て名前つけないでしょ。」


 「え、え、じゃはるさぁ、アメリカンドッグのことソーセージって呼ぶの?」


 「いや何の話?」


 「だからぁ、パンでもソーセージでもない微妙な立ち位置のアメリカンドッグのことソーセージって呼ぶの?」


 「アメリカンドッグはアメリカンドッグでしょ。」


 「はるは、パンとソーセージのことどう思ってんの?」


 「いただきますって思ってるよ」


 「偉いね」


 「いや何の話?」


 「だからぁ、西と東。ソーセージとパン。ってことね?で、はるはソーセージのことソーセージって呼ぶよね?」


 「うん。」


 「パンはパン?」


 「うん。」


 「そのソーセージとパンを合わせると?」


 「ソーセージパン」


 「ソーセージパンのことは忘れよ。アメリカンドッグね。」


 「はい」


 「それで、ソーセージとパンを西と東に置き換えると?」


 「え〜、西と東で西公園。」

 「御名答」


 「いや待って、話を散らかしただけな気がする。」


 「そう?」


 「うん。何が言いたいか全くわかんない。最初の「アメリカンドッグのことソーセージって呼ぶの?」がより一層わかんなくしてる。」


 「話を聞いてもらうにはさ、やっぱり表題が大事じゃん。」


 「中身が空洞だったら意味ないよ。」


 「え〜?う〜ん。まぁ、西公園はふたつでひとつってことだね。西寄りの公園と東寄りの公園がひとつとひとつ。で、西公園。」


 「もうそれでいいよ。」


 「はいありがとうございま〜〜す。」


 「むかつく」


 「それでさ、はる。西公園ってね。ちょっとだけ浮いてるの。」


 「そういえばそんな話だったね。浮いてるって意味わかんない。」


 「最初は皆そう言うんだよ」


 「皆に言ってるんだ」


 「最近あったじゃん。仙台駅のとこでさ、なんか社会実験みたいなのやるから交通規制があーだこーだって、言ってたじゃん。社会史の先生。」


 「言ってた?」


 「言ってた」


 「社会史の先生が?」


 「社会史の先生が」


 「まだ続いてんの?」


 「うん」


 「高校卒業してから5年は経ってるのに?」


 「うん」


「関係は何?」


 「社会史の先生と元生徒」


 「深夜ドラマみたいな表題。」


 「表題じゃないよ。関係。そういう関係。」


 「金曜日の6時限目に高校行って社会史の授業受けに行く関係でしょ。やめなよ。それ。」


 「でもそれやめたら、関係がなくなるよ。」


 「普通関係なくなるんだよ」


 「え〜、やだ〜。」


 「高校には2年くらいの周期で行くもんだよ。私は一度も行ってないけど。さくらは毎週行ってるじゃん。「元」になってないんだよ。「現」生徒だよ。」


 「私、社会史依存症なの」


 「こわいよ。その言葉。」


 「先生に治してもらってるの」


 「こわいって。」


 「それは冗談だけど、「あなたのような生徒、初めてです」って言われたんだよ?」


 「それ褒めてないよ。」


 「うん知ってる」


 「知ってるんだ。」


 「終わらせたくないよ。この関係。」


 「う〜ん。さくらは、さくらはさ、その先生のこと、好きなの?」


 「いや?」


 「え?」


 「社会史は好きだよ?先生も社会史の先生としては好き。」


 「え?社会史が好きだから、社会史の授業受けに行ってるの?」


 「そうだよ?で、卒業式の日に「社会史が好きだからこれからも社会史の授業受けたいです」って伝えたら「初めてです」って言われた。」


 「褒めてたんだ」


 「褒めてたの?」


 「褒めてたねそれ。」


 「いぇ〜い」


 「え、てか、それさ授業料とか払ってんの?」


 「うん」


 「払ってるんだ。」 


 「月額ニ万二千円でいつでも来ていいって。」


 「社会史のサブスクじゃん。」


 「うん」


 「う〜ん。まぁ〜、それならいいのか。」


 「いぇ〜い。これからも行きます。」


 「で、何の話だっけ?」


 「アメリカンドッグの話?」


 「違う」


 「あ、え〜、ちょっとだけ浮いてる話?」


 「あ〜それ。もう早く話してほしい」


 「えっと、なんか社会史の先生がね。仙台駅の社会実験の話してて」


 「うん。」


 「それで、なんか気になって行ってみたんだよ。社会実験現場にさ。授業の帰りに。」


 「授業の帰り」


 「で、アーケードを目的もなくぶらぶらして、気がついたら真っ暗になってて、で、カフェに入ったの。」


 「実験現場は?」


 「まだ見てない」


 「え、なんで?」


 「アーケードのほうが優先順位高かったから。」


 「まあ、それはそうか。」


 「で、カフェでアイスコーヒー頼んだんだよ。」


 「うん。」


 「そしたらさ、ホットコーヒー出てきたの。」


 「ほう」


 「え?ホットコーヒーですか?って。で、聞いたの。「アイスコーヒー頼んだんですけど」って。」


 「はい」


 「そしたら店員さんが「あ、アイスコーヒーです」って言うの。いや何言ってんのって思って店員さんの手元にあるホットコーヒー触ってみたら、ホットコーヒーみたいなカップにいれてあるアイスコーヒーだったの。」


 「最近あるよね。」


 「で、「あ、アイスコーヒーだった」って店員さんの顔見ながら言ったんだけど、店員さんもう違う方見てた。」


 「悲しいね。」


 「悲しい」


 「で?」


 「で、悲しげなアイスコーヒーを持って」


 「悲しげなのはさくらだよ。」


 「座ろうと思ったんだけど、空いてなくて。」


 「空いてないことあるんだ。あそこのカフェ。」


 「うん。その日は空いてなかった。喫煙席は空いてたっぽいけど。」


 「喫煙席かぁ。タバコとコーヒーは合わないもんね。」


 「うん、合わない。で、外出て歩きながら飲むかって思ったんだけど。外出て歩きながら飲むのってホットコーヒーじゃん?」


 「う〜ん。なんかわかる気がする。」


 「だから、それもナシだなってお思って。さっきの店員さんに渡したの。」


 「え?アイスコーヒーを?」


 「そう。「これあげます。まだ口付けてないんで。」って言って。」


 「さくらって大胆だよね。いつも思うけど。」


 「それは褒めてる?」


 「半々。」


 「え〜。あ、でも店員さんこっち見てくれたよ。」


 「そりゃ見るよ。こわいもの見たさで。」


 「うん、怯えてる目してた」


 「で?」


 「で、一応出るときに振り返って「ごちそうさまでした」って大きめな声で言って」


 「飲んでもないのに?」


 「一応ね。」


 「店員さんにトドメ刺したようなもんだよ。」


 「で、外に出て、外の空気を吸って人混みをかきわけて社会実験のことなんか忘れて、帰った。」


 「え、え?え、帰ったの?」


 「地下鉄で帰った」


 「それは別に聞いてないんだけど、え?帰ったの?」


 「帰った」


 「え、じゃあ何の話だったの?」


 「ホットコーヒーみたいなアイスコーヒーの話」


 「え、え〜。本当に?」


 「うん。あっ、そういえば」


 「あぁ、良かった。早く浮いてる話聞きたい。」


 「帰る前にパチンコ屋さん行った。」


 「パチンコ?さくら、パチンコやるの?」


 「いや、やらないんだけど。朝にさ、パチンコ屋さんに並んでる人いるじゃん?」


 「いるね。」


 「パチンコ屋さんに並ぶのってどんな感じなんだろうと思って、店の前で並んでみたの。」


 「なにしてんの?」


 「だからぁ、パチンコ屋さんに並んだの。」


 「何時に?」


 「夜七時くらいかな」


 「夜七時にパチンコ屋に並んだらだめだよ。パチンコは開店前に並ぶの。あと新台入替の時。あと、ただ並んでるわけじゃない。パチンコは頭脳なの。」


 「そうなんだ。ごめん。」


 「あとさくら、パチンコ屋に「さん」は付けなくていいよ。」


 「え、なんで」


 「パチンコ屋には品てものがない。だから「さん」なんて付けられるような位じゃないの。」


 「そうかな?」


 「さくらは知らないかもだけど、汚い世界だよ。パチンコ屋は。まあ、汚い世界の中だからこそ、鋭い光が見たくなるんだけどね。」


 「え、はる、パチンコ屋さん行くの?」


 「え?いや、え?え、行かないよ?友達が言ってたんだよ?」


 「そうだよね。もしはるが行ってたらそんな嫌なこと言わないよね。パチンコ屋さんに。」


 「うん。そうだよ。まぁ、すごく、褒めてたんだけどね。」


 「褒めてたんだ」


 「うん。最大級の褒め言葉。」


 「じゃあ行ってるの?」


 「いやいや!さ、さ、ね。そろそろさくらさん。浮いてる話頂戴な。気になるでございます。西公園。どんな話なのかな。」


 「はる?ねぇ、大丈夫だよ?別にパチンコ屋さんに行ってても何も思わないよ?」


 「え?本当に?」


 「うん。」


 「関係終わらない?」


 「そんなんで終わるわけない。」


 「わかった。じゃあ行ってる。毎週打ってる。」


 「ふ〜ん。あっ!え?待って。あそこにいるの社会史の先生じゃない?」


 「どれ?」


 「ほら、あそこ。居酒屋さんに並んでる人。」


 「あぁ。なんで居酒屋に並んでんだろ。昼だしまだやってないのに。ぶっ、なんかさくらみたいだね!」


 「そういうのいいからぁ。ねぇ、社会史の先生じゃない?」


 「いや、あんな人いたっけ?」


 「いたよ。はる全然会ってないからわからないんだよ。」


 「いや、え、てかさ、社会史の授業なんてあったっけ?」


 「え?あったよ。」


 「世界史じゃなくて?」


 「社会史」


 「ないよ。絶対。」


 「え?じゃあ毎週受けてるのは何?ってなるじゃん。」


 「うん。なる。え?通ってた高校に行ってるんだよね?」


 「うん。行ってる。」


 「どうやって?」


 「え?自転車で普通に。」


 「授業は「現」生徒と一緒に受けてるんだよね?」


 「いや?一人だよ。」


 「え?さくらとあの先生の二人だけってこと?」


 「うん。特別にって言ってくれたの。」


 「大丈夫?」 


 「大丈夫だよ。」


 「なんか、変わったところはない?本当に大丈夫?」


 「うん、大丈夫だよ。あ、あ、でも自転車で向かってるとさ、高校生だったときには無かったトンネルができててね。」


 「トンネル?」


 「うん。で、そこのトンネルを通る時、すっごい音がするの。」


 「音?」


 「みよ〜〜んよ〜〜んって感じの。音。」


 「先生に言われた?自転車で通えって」


 「そう!地下鉄のほうが早いんだけど、体力付けたほうがいいって言われてプレゼントされた。」


 「自転車を?」


 「うん。」


 「え、あのさ、西公園が浮いてるって話、あ、西公園がちょっとだけ浮いてるって話もあの先生から聞いたの?」


 「うん。そうそう!なんかね、社会実験で交通規制になってるのが「本当に許せない」って言ってて」


 「え?」


 「浮かしてるんだって。西公園と仙台駅を。ちょっとだけ。」


 「あ、あの先生が?」


 「そう。」


 「知らない先生だね。」


 「あぁ、あそこの人は違う人だったよ?」


 「え?社会史の先生じゃないの?」


 「うん。よく見たら知らないほうの先生だった。」









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