更年期の学び【更年期宣言まつり2023に参加します:俳句】

 50を過ぎてから、体調が不安定なまま安定しています。

 なんのこっちゃという感じですが、それが実感です。

 最近、比較的同年代ながら(曖昧な言い方をしてますがつまりわたしよりちょっぴり若い)、人生に対し非常にアグレッシブで意識高い系の女性についての話を聞く機会がありました。

 キャリアを積み重ね、手抜きせずお子さんを育てながら自分を磨くための努力も怠らず、いわゆる「学び直し」を今のように流行る前からずっとやっている、優秀で素晴らしい方だそうです。

 私は「また聞き」なので、その方の生き方について、凄いなあと感心しこそすれ、批判するような要素はみじんもないですし、その資格もありません。

 ただ若干のひっかかりを覚えたのは「健康を維持するのも仕事で成功するのも努力次第だし、努力をしない人は甘えているだけ、働いてお金を稼がない人は怠惰」ということをおっしゃったということ。

 彼女はまだ、知らないのかもしれない。
 いや、彼女は知ることはないのかもしれない。
 人に寄るのだから、更年期というものは――。

 時を同じくして、もうひとり、別の方のお噂を耳にすることがありました。それはママ友の友人で、我々(ママ友と私の事です)と同年輩。最近、だいぶ年下の男性と再婚されたそうで現在新婚。その方は「女であることを忘れなければ更年期なんてない」という趣旨のことをおっしゃったとか。私の友人は「いくつになっても恋をしなければ、だよね(推し活含む)!」と言ってました。
 うむ。確かにそれは大事。わかります。

 でもやはり私の胸に去来するのは同じようなことでした。

 彼女は今バリバリにホルモンが活性化しているのだろうし、もしかしたら生涯知ることはないのかもしれない。
 でも確実に、ホルモンが枯渇する時期は訪れる・・・

 占いババアかおまえはよ!と言われそうですが、一度更年期の不調を経験してしまうと、そんな感想が胸をよぎってしまうのです。

 私はその女性たちの生き方を否定したり、揶揄したりするつもりは毛頭ありません。でも、少しだけ彼女たちの言動に「強者の論理」を感じてしまったのです。そう思ったのは、ほかの発言の中にも若干「上から目線」を感じる言葉が含まれていたからなのですが、単に私の嫉妬や羨望がそう思わせているということもあるでしょう。

 私は更年期を通して知ったことがあります。それは「人間はいつか衰える」という現実です。

祇園精舍の鐘の声、諸行無常の響きあり。
娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。
おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。
猛き者もつひには滅びぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。

平家物語の出だし

 はい、平家物語。
 まさしくそれを実感したのです。

 どんなに健康で、どんなに美貌で、どんなに疲れ知らずの体力を持ち、どんなに運動が得意で、どんなに筋肉があって骨の丈夫な人も、高齢になると弱ります。

 人生の途中に、不慮のことが起こり、心身に影響が出ることもあります。
 思わぬ病気になったり、事故にあってしまうことも。

 幸いにもそういうことに遭わずに年を取ることができても、人には必ず「高齢者」という「弱者」になるときがおとずれます。
 聴覚や視覚が衰え、皮膚や口腔や喉、脳の機能も次第に衰えていき、足腰や筋肉が弱まり――若い時と同じようにはいかなくなり、その時初めて、自分だけの力ではどうにもならないことに直面し、人が支え合って生きていることを実感するのかもしれません。

 たとえ全く人の世話にならずに生涯を終えられても、肉体はこの世に残り、その後始末は必ず誰かの手を煩わせます。

 もし「私に限ってそんなことはない」「努力で何とかなる」というのなら、それは単に「知らない」だけかもしれません。最初の話の女性は、彼女の実家の母親と彼女の兄夫婦に、父親の介護をほぼ丸投げしていました。「父親の病状の経過」は知っているでしょうが、そのために介護者がどんな生活をしていたかについてよく知っていたとは思えません。

 もちろん、必死に働いて自分と家族の生活を支えていればホームに任せざるをえないことも、誰かお世話をする他の親族に頼らざるをえないことも当然あります。お金で解決しなければいけないことも多々あるでしょう。

 先の女性もそういう選択をしたわけですが、彼女の実母と兄夫婦の献身があったからこそ自分の勉強に打ち込めたはずです。それができず、自分しかお世話をする人がいないために色々なことをあきらめざるを得ない人も世の中にはいて、彼女と同じようにありたいと願ってもかなわない人がこの世にはいるのも事実。

 私自身を含め、そういう人は努力不足かもしれませんし、怠惰なのかもしれません。しかし世界中の人が自分と同じものを持ち、自分と同じだけの努力ができると思うのは、少々狭量ではないかと思います。僭越ながら。

 とはいえ、少しでも快適な老人生活を送り、できるだけひと様の手を煩わせないように自分にできる努力をすることも大切なこと。意識高い人々の努力を見習うべきことは沢山あります。

 仕事であれ何であれ、目指したことを実現できるということは幸せなことです。目に見えない形であってもそれを支えている誰かがいることは忘れずにいたいと思います。
 飽くまで個人的意見ですが。

 更年期は、老いの先を少しだけ味合わせて、人の弱さを知り、この先に向けて準備しなさいよと教えてくれている時期なのかもしれません。

 そこで一句。

更年期 経て知るものは 下支え
こうねんき へてしるものは したざさえ

 ちなみに季語はなく、下支えには骨盤底筋も含みます。笑

 さて、更年期宣言祭り開催中です。
 みなさまはもう、ご参加されましたか?
 私は今回、わけあって運営メンバーではありませんが、お祭りの応援をしております✨

 幸年吉日サークルでは、随時メンバー募集中です。











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