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白い髪とも長い友

 突然だが、若白髪だ。
 いや、今は年相応なのだから、若白髪だった、と言うべきだろう。

 30代で白髪が出てきたときはさすがにがっかりした。

 こんな私でもまだもう少しは花も実もあると思っていたので、30代で白髪かと思うと、憂鬱な気持ちになったものである。

 1本、2本、と発見されるならまだいい。

 いっそマリー・アントワネットのように一夜にして白髪はくはつになってしまえば(※『ベルサイユのばら』参照)それはそれであきらめがつくのかもしれないが、とにかく目立つ分け目や頭頂部に集中している。

 最初はヘアマニキュアなどでごまかしてみたが、どうにも誤魔化しきれない。自分で染めるのは不器用なので早々に断念した。美容師さんに白髪染めを勧められ、それから20年以上、白髪染めをしている。

 もともと、髪の毛では良いことがない。

 子供のころは天然パーマで、額にも後頭部にもつむじがあり、とんでもなくとっ散らかった頭をしていた。

 成長するにつれパーマの具合は少しずつ落ち着いたが、それでも癖は強いまま。

 中高生の時は朝シャン(※昭和語)して必死にブローしたものだが、黒潮のような力強いうねりはくるくるドライヤーを跳ね返す。

 まさにクセスゴである。

 若かりし頃は、毎日鏡を見るのが辛かった。

 朝起きたらまっすぐのサラサラヘアになっていればいいのにと何度思ったか知れない。当時「なろう系」を読んでいたら間違いなく「転生したら直毛サラサラロングヘアでした」的な小説を書いたことだろう。

 もちろん、顔だちが整っていればエブリシングオーケーなのかもしれないが、生憎ごく一般的な平たい顔族である。

 問題の多い髪には、本当にお金がかかる。
 ストレートパーマや縮毛矯正、いっそソバージュ(※バブル期に流行した髪型。天パの私がやるとアフロ寸前)と、昭和平成を通してありとあらゆることを試したが、満足のいく仕上がりになったのは「かつてのSUGOUDE」に行っていたころしかない。

 あとはまあ、妥協につぐ妥協。
 期待しなければがっかりもしない、そんなふうに心理操作しながらの50年。

 30代で一度だけ、明るい髪色にしたことがある。かなりオレンジみの強い茶髪だった。
 しかしあまりに顔と不釣り合いで、すぐにやめた。
 1週間もしないうちに美容室に駆け込んで「色を暗くしてほしい」と頼んだのを覚えている。

 髪・顔立ち・化粧・服・身長・体型。
 全てはバランスだ。出来不出来はともかく、それなりに調和する方向を模索するしかない。

 いつしか私は

「髪は生えているだけまし」

 と思うようになった。
 全く、頑張らなくなった。

 シャンプーして洗うだけ。
 起きたら梳かすだけ。
 出かけるときにブローするだけ。

 なにもしない。
 なにもつけない。

 ただ、白髪だけは染める。

 40代のころ、美容師さんに「もうこのままグレイヘアにしたい」と相談したことがある。美容師さんは「さすがに40代では・・・」としり込みした。その上、

「グレイヘア、流行ってますけどね。これはぼく個人の意見ですけど、日本人は間違いなく老けて見えますよ。近藤サトさんみたいに顔立ちのはっきりした方ならお似合いになりますが、お似合いになる方は少ない、と思います。よほどお手入れをしないと、汚らしく見えたり、みすぼらしく見えると思います。何歳になっても、ぼくはお勧めしません。むしろ染め続けたほうが、気持ちが若くいられると思います」

 と、言った。

 そりゃあ、美容師さんにしたら、永遠に染め続けてくれた方がいいにきまってるだろう、と思ったが、確かに一理ある、とも思った。

 そして、さらにいつしか私は

「出家して剃髪したい」

 と思うようにもなった。

 あるだけマシと心を慰めても、生涯に一度たりとも整わないクセスゴの髪、「いっそ剃ったろか」と思ったのだ。

 件の美容師さんに言うと、

「ベリィショートと言う手もありますけどね。これはぼく個人の意見ですけど、ベリィショートとか、スキンヘッドって、よっぽど頭の形が良くないとダメですよね。日本人っていわゆる絶壁だったり、ハチの部分が横に張ってる人が多いんですね。西洋人って、縦に長いんですよ、頭蓋骨。頭蓋骨の美しさが全然違うんですよね。スキンヘッド、西洋人の若い女性がするとかっこいいですけど、年輩のご婦人がすると、痛々しいことになると思いますね。お顔立ちが適してるとか(つまり頭蓋骨美人という意味)、よっぽどお年を召さない限り、ベリィショートもお勧めしません」

 なるほど。
 ちなみにこの饒舌、すでにお察しの方もおられるかもしれないが「Fudemame」店長である。

 彼の話だと日本人は日本人というだけで背負う業が深そうだ。

 とはいえ、いかに問題が山積していようと、美を追求する方は存在する。
 美容室で何時間もかけて矯正し、自宅でも美髪の為にあらゆる努力を惜しまない。尊敬に値する。だがしかし私には努力して釣り合う美がない。諦めたらそこで試合終了だが、諦めが肝心なこともこの世にはある。

 それでも、長年付き合ってきた髪だ。
 仕方がない。これからも染め続けるほかない。

 私は白髪で悩んだが、この世には、薄毛に悩むかたもいる。
 私の悩みより数段深い悩みだろうし、そのうち、もっと年を取ったら、私も薄毛に悩むのだろう。

 染める髪があるだけまし。

 宇宙人の肖像?を見ると髪はないようだし、昨今の、毛を無闇に嫌い排除する傾向からして、100年くらい経つと誰しもが全員頭皮の毛根を排除する時代が来るかもしれない。
 誰も今ちょんまげなど結っていないのだから、ありえないことではない。

 が、とりあえず私が生きている間にそんなことにはならないだろうから、今はあるだけ有難い存在だ。

 いてくれるだけでいいよ。
 ありがとね。

 そんな気持ちで、私は1ヵ月半に一度、美容院に通っている。




#髪を染めた日

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