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【読書】バナナはナイフとフォークで。


細かいものが1ヶ所にたくさん
あるのが苦手です。


例えばクリップが
マグネットにたくさん
くっついているのを見ると
鳥肌が立ちます。


同じ理由で
海ぶどうが食べられません。

果物の葡萄や
たらこやいくらは好きなのに
不思議ですね。


完全な食わず嫌いです。


なんで今さらこんな大作を、
と思うでしょう。


この本は20年ほど前に
親友2人から勧められても
食わず嫌いとして
あえて避けて来ました。


何が気に食わなかったか
分かりません。


友人が教えてくれたあらすじが
お年寄りの話だということで
当時、高齢者福祉の仕事を
していた私には
過剰だったのかもしれません。


それ以来、何度もこの本を
見かけたのですが
敢えて避けて来ました。


今回この本を読んだのは
たまたま図書館で
見かけて
何となく読む気分になったから。


それだけだけど、
その存在を何年も
意識しては無視してきた。


そんな意味において
ずっと私の心に
あり続けてきた存在です。


小川洋子さんの
「博士の愛した数式」を
読みました。


🍌🍌🍌🍌🍌🍌🍌🍌🍌🍌


無価値な人間なんて
いませんよね。
どんな人だって誰かに
良い影響を与えているし
大切に思われている。


この博士は熱心に
打ち込むものがあったから余計に
魅力的ではありましたが。


英国のナーシングホームで
働き始めたとき、
お年寄りが皆
おしゃれなのに
びっくりしました。


日本で言えば要介護5の
男性が、
いつもスーツにネクタイをしている。


もちろんスーツは
介護士が着せて、
ネクタイも彼らが
日々選んでするのだけれど、
誰もそれを「面倒だ」と言わずに
当然のこととして行っている。



同じく日本では
要介護5つまり
最重度の女性陣が
花柄など明るい色の
ワンピースを着ていました。


この男性も女性も
おむつだったから
介護士としては
スーツやワンピースを
着られると
おむつ交換などの際に手間なのですが、


誰もそんなことに
文句を言わない。



日本では違ったな。


特養で働いていたとき
持って来て頂く衣類は
「着脱しやすいズボン」と
指定していました。


あるとき
デニムを持って来られた方がいて
それは介護に不便だから、と
寮母長が
他のものを持って来られるように
ご家族にお願いしていました。


この寮母長が
悪いのでは
決してなくて、
それが日本の介護の常識だから。


私は英国のこのナーシングホームで
精神の病のない方々のユニットで
よく働くことがありました。


ここで働く際、
私は介護士というより
メイドのようだな、と
思っていました。


朝。


広間中の窓にある
ドレープの美しいカーテンを
技術のいるやり方で開け、

毛並みの良い猫に
餌をやり、


美しい洗面器に
人肌程度のお湯をはって
100歳の女性の元に
持って行きます。


足の不自由なこの女性は
洗面器のお湯で洗顔をなさって
私にいろいろと指示をされます。


「今日はあの花柄の
 ドレスにしてくれる?

 アクセサリーは、そうね。

 白のパールがいいかしら。
 ネックレスとイヤリングは
 合わせてね」


女性がサロンに
向かわれてから
私はベッドメイキングをします。

同じく美しい
ドレープのきいたベッドカバーを
技術のいる方法で
少しの乱れた皺もなくかけて
美しいベッドを作り上げるのです。


80代の女性の
入浴介助の後は
ローズの香りのボディミルクを
たっぷりと塗りこみます。


このナーシングホームでは
基本的に1対1で
入浴介助をします。


重度の方の場合
介護士が2人つく
場合もありますが。



高価なバブルバスに
ゆったりと浸かって頂いて
いろいろなお話をしながら。


90代の女性は
銀髪と言うより
まだ誰も踏み入れていないときの
雪のように真っ白な
美しい髪をお持ちでした。



彼女は
ピンクがかった色白の肌に似合う
真紅のカーディガンを
よく羽織られていて
真っ赤な口紅をされていました。


お食事のたびに
口紅を直される仕草が
美しくて憧れたものです。


半身麻痺で
言語の不自由な女性には
長い髪をとかす手伝いをして
気に入ったリボンで結ぶと
とても喜ばれました。


小麦色の肌の女性には
私が担当のたびに
コルセットとガードルを
されるのを手伝いました。


「あなたは子どもみたいな身体だから
 こんなの必要ないわね」


なんて悪態を吐きつつ
その弛んだお腹に
ふぅふぅ言いながら
きついコルセットを締め、
胸の谷間を作って、
ボディラインの出るドレスを
お召しになるのです。


なんて美しいんだろう。


誰も、
お年寄りだから負担のない服を
なんて言わない。



介護に困るから
髪を短くしろ、なんて
要望も出ない。

介護に楽な服を
強要することもない。


それは介護士が
じゅうぶんにいるからこそ
出来ることではあるし、


この国出身の介護士が
全然たりない英国に
奴隷文化の名残もあってか
各国から酷く安い報酬で
働き手が集まることも
理由の一つでもあるけれど。



お食事のバナナは
ナイフとフォークで召し上がる。
知っていますか?
バナナのナイフとフォークでの
頂き方を。


まず皮を一か所だけ
最後まで剥いて、
その後一口大に
ナイフとフォークで切って
頂くのです。


この高齢のマダムたちが
それは美しい仕草で
少し、気取った風に
バナナをフォークで
口に運ばれる様子を、

壁際に立って
或いはお皿を下げながら
純白の制服を着た給仕として
見るのが好きでした。


お茶の時間は
陶器の美しいカップで、
気を遣って淹れた
豊潤なミルクティーを。


これは最重度の方でも
同様です。


誰も、割れて危ないから
プラスチックのものを、
なんて言わない。

そんな考え方がそもそも
存在しない。



このユニットの女性たちは
少しは介護士に介護されつつ、


それはメイドにお世話を
されているような
感じではあったけれども、

優雅に朝食を
召し上がった後は
サロンに行かれて、


11時のお茶の時間まで
読書や編み物や
クロスワードや
お庭のお散歩などをなさって
過ごします。


英国ではあまり
テレビを見る文化がないのか
テレビのある部屋は
少なかったですし、
そのテレビも
見たいとご希望のあることは
誰1人としてなく、 

当時、女王陛下の式典が
あったときだけ
それは姿を現して
(普段は隠し扉の中に
仕舞われていました)
その式典だけを
ご覧になっていました。


ときどき
ご家族と面会をされて
夕方はときどき
私にピアノを弾くよう頼んで
それを聴いて頂き、

そんな風にゆっくりと
時間が流れる中で
亡くなるまで本当に
美しく過ごされました。



この方たちは私に
重大な影響を与えました。


女性は死ぬまで美しいんだ。


どんなに歳を重ねていようが
病気だろうが、
美しくあろうと
努力されるその仕草が
本当に美しいんだ。


この本を読んでそんなことを
思い出しました。


誰だって誰かに
影響を与えている。
その影響は年月を経ても
色褪せることは無い。


博士はルートの将来の
道しるべとなった。


この異国のマダムたちの
生きざまは
私に影響を与え、
それは決していつまでも
潰えることは
ないのでしょう。


私はナイフとフォークでは
バナナを頂きませんがね。

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