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退学届を、出しに来て。

それはいつだって
予期しない形でやって来る。

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夏休み明けに2年生を
教えるのは、精神的に少し
辛いものがあります。


私はどういう訳か毎年
2年制のこの勤務校で
1年生より2年生を教えることが
圧倒的に多いのですが、

今年は担当クラス9クラス
全てが2年生という
異例の年です。


2年生は夏休み明けから
就職活動やら
進学のための勉強やらが
本格的になり、
心身共に疲弊し始めます。


真面目で一番前に座り
よく発言していた学生が
後ろに座るようになる。

話しかけるとにっこり
笑っていたのに、
笑顔が出なくなる。


今日は1限から3限まで
学生たちはぐったり。
半数以上の学生が欠席で
来てさえいない状況で
意識しなければ
やる気を起こさせ辛い中、

最後の4限で、この絵に癒されました。

学生が私の
いつものこの帯を見て
描いてくれたのです。

学生が「chicken!」と言って喜ぶ帯。
食べるつもりかな?


4限のクラスはいつもなら
取り立ててやる気のある方では
ないのですが、
クラスはナマモノ。

今日はたくさん笑って
たくさん反応してくれました。
ありがとうね、ほっとしました。


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とにかく2年生はこの時期
ストレスで体調を
崩し始める子が出てきて、
それは突然
「退学」や「除籍」という形に
なってしまうこともあります。



卒業まであと半年も無いのに
ここが我慢出来ずに
心折れてしまう子がいるのです。



昨年度から週2回教えている
天使のクラス。
大事な大事な、私の教え子たち。

2週間前に授業に行ったら
担任の先生がいらっしゃって
こう言いました。

「みおいち先生、トァンさん(仮名)は
 もう駄目かもしれません」

「えっ?トァンさんが⁉︎
 そういえば2週間ほど
 来ていませんね......」

「連絡、取れないんですよ。
 やめちゃうかもしれない」

「えっ‼︎もったいない!
 彼はN2の勉強をやらせると
 よく出来たのに!」

トァンさんは
ニコニコ笑顔の素敵な
男の子です。

長身の細身に
輝くような大きい目、
整った顔の
アイドルみたいな学生で
女の子に囲まれて
いつも楽しそうにしていました。

こんな時いつも私は
びっくりするんです。
意表をつくような子が
ストレスに負けて、
それが顕在化した時に。


担任の先生は
同じクラスの男の子に
言いました。

「ねえ、ドゥックさん(仮名)。
 あなたトァンさんと一緒に
 住んでいるでしょう?

 トァンさんに学校に来るように
 言ってください。

 トァンさんが除籍になったら
 一緒に住んでいるあなたのビザも
 バンさん(他の同居人)のビザも
 ペナルティーがついて
 更新できなくなりますよ」

日本の入管は厳しいですね。

1人が除籍つまり
法律違反を起こしたら
同国出身の同居人まで全て
連帯責任を取らされるのです。


それにしても
あんなに楽しそうだったトァンさん。
心の中では辛かったのかな。
私もどうして
気づけなかったのでしょう。


一昨日。
天使のクラスへ行ったら
また担任の先生がいました。

「ねえねえ、ドゥックさん。
 本当にトァンさんと
 連絡取れないんだけど」

「あ、トァンさんは
 引っ越しました」

「えっ‼︎‼︎引っ越したの???」

学生は引っ越したら必ず
届出を出すことになっています。

「トァンさんの友達の家に
 引っ越しました」

「え〜っ‼︎場所はどこ⁇」

「住所は知りません。
 僕に教えませんでした」

「本当に知らないの???」

「知りません。僕にも、バンさんにも
 教えませんでした」

無念です。

トァンさん、このまま学校と
連絡がつかなければ
除籍になってしまいます。


除籍というのは
入学した実績さえ全て
消される、ということです。



留学生は学校をやめたら
帰国しなければなりませんが、
除籍の子は不法滞在者に
なってしまうことが多いのです。

学費も踏み倒したのかも
しれません。

何がそこまで彼を
追い詰めたのでしょう。

勉強もよく出来て
優しくて
友だちも多かった、トァンさん。



意外とこういう子が
この時期に駄目になってしまうことが
少なくないのです。


彼は最後に友達を
守ったのでしょう。
ドゥックさんやバンさんと
一緒に住んでいると、
彼らまで入管に目をつけられるから
まるで夜逃げするように
慌てて引っ越ししたのでしょう。


退学なら、まだいい。
休学でもいい。


除籍になるほどどうして
我が身を追い詰めてしまった
のでしょうか。


何も出来なかった自分の
無力さが悔しいです。


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夏休み明けから
本当に大変です。


どの担当クラスに行っても
ドンヨリしている中に入って
それでもやる気を起こさせるように
鼓舞して、失敗して、
引きずられそうになるところを
何とか踏み留まる。

例年なら1年生のクラスで
気分転換ができるのですが、
今年はそれが不可能です。

心の安寧を保つのが
難しい。


だけど、あの子たちは
もっと辛い思いをしながらも
何とかこの日本で
もがき続けているのかもしれません。


ねぇ、トァンさん。
今ならまだ間に合うよ、
出ておいで。
学校に連絡して。


学校が辛いなら
退学にすれば良いよ。

学費なら相当細かく
分割払いが出来るから
担任の先生に相談して。

除籍に、
不法滞在者になってしまわないで。

貴方がどんなに辛かったのか
私は分かることが出来ない。
だけど、貴方のその優しい笑顔を
国際的な罪で
壊してしまわないで。


担任の先生は
優しい人でしょう。

何とか、何とか
学校に電話をかけて。

今、辛くても
未来を潰してしまわないで。


あと卒業までの数ヶ月が
我慢出来ないのなら仕方ないけど、
何とか思いとどまって
退学届を書きに来て。


何も出来なくてごめんね。
気づいてあげられなくて
ごめんね。


担任の先生も私も
貴方を1年半以上、教えてきた。

貴方はまだ若いから
知らないかもしれないけど、
私たちもね、辛いんですよ。

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