GIDを診る先生になってください

 これは、医療者、特に医師のかたや、これから医師になろうとするかたに性同一性障害の診療現状について知ってもらいたいと思って書きました。もちろん一般の方にも知ってほしいことがらです

性同一性障害(GID)を診られる先生・クリニックが少なく、深刻な問題を引き起こしている

 性同一性障害ときくと、どのようなイメージを持たれるでしょうか。
「あれでしょう?心と体の性別が逆っていう」
「反対の性別の精神が健常な身体に入っているんでしょう?」
「大変だけどあまり縁はないよね」
「もし患者さんが来ても性同一性障害については私のところでは診られないな」 
 こんな感じの先生が多いのではないかと思います。

 多くの先生は、ご自身の診療科やクリニックで性同一性障害をもった患者さんが来ても、性同一性障害を診ることはないとお考えではないでしょうか。
 私自身他の疾患でも多くの先生方のお世話になることが多く、お話を伺う中で、当然だ、無理もない、当たり前だとも思います。

 けれど、後述しますが、性同一性障害の当事者は精神科を中心に、内分泌科を含む内科や、泌尿器科、婦人科、形成外科と、多くの診療科の先生を頼らなければならないのです。

 そして、それが難しいために多くの性同一性障害の当事者が必要な診察・治療が受けられず、また危険な状況にあるということを知っていただきたく、この記事を書いています。

性同一性障害ってなに?

 性同一性障害とはなんでしょうか。最新のDSM-Vなどでは用語や定義が多少変わっていますが、ここでは公的な翻訳よりわかりやすい、DSM-IV-TRの原文に基づいて解説をします。DSMに対してはそもそも手続き的分類に批判があること、DSM-Vでは多元診断が導入され、患者の様相を多角的にスペクトラムとして捉えるように変化していることを留意してください。

 DSM-IV-TRでは、
A. 継続して著しいジェンダー横断的なアイデンティティがあること(単に他の性の文化的なアドバンテージによる願望でないこと)。小児の場合、(以下略。小児の場合にどのような形で症状が現れるかを列挙に確認するよう求めている)
B. 身体の性別に基づいた言動をすることに、継続して不快感があること
C. (略。性分化疾患の除外要件)
D.(略。著しい苦痛や社会的生活上の機能の阻害など障害要件)
とのようになっています。

 ちょっとわかりにくい。現在、DSM-5では「性別違和」とされたほか、ICD-11でも呼称や定義が変わり、「ジェンダーアイデンティティと身体的性別の不一致」によるものと定義しています。

 性同一性障害というと、性適合手術がまず思い浮かびますが、実際には"自らの身体の性別に対して違和感があり、それが辛いこと"が第一にあります。それが性同一性障害と呼ばれ、そのうち一部の人はホルモン療法を望んだり手術を望んで身体的性別を変えたいと願い、社会的な性別の扱いを変えてほしいと思うのです。

 日本精神神経学会の「性同一性障害の診断と治療の手引き」(以下、ガイドラインと呼びます)があります。この中では
・診断
・精神的治療
・ホルモン療法による身体的治療
・手術による身体的治療
という流れを定めています。
 もっとも、このガイドラインは、その中に書いてあるように、「健康な生殖機能をもつ身体に対して、それを失わせる治療を行うことになるので、慎重に慎重を期して定めたガイドライン」です。法・倫理上の問題点を回避する性格の強いものです。

 ゆえに、ガイドラインで診断そのものも厳しく様々に設定した上で、「ジェンダー・アイデンティティを慎重に検討し」「性別違和の実態を明らかにする」よう求めていますが、これも身体的治療、特に手術のステップに移行した際のことを念頭に置き、治療の中でのリスクはもちろん、身体的治療の法的倫理的な問題を回避するためでもあるのです。

GIDを診ていただける病院・クリニックが少ないことによる深刻な問題点

現状、自らの性別への違和で悩み、苦しんでいても、クリニックや病院によっては「性同一性障害はうちでは診られない」と対応されることが多くあります。また、これも当然ですし当たり前ですが「ホルモン療法はやったこともないしできない」と断られることも多いです

 性同一性障害の苦悩は大きなものであり、苦しむ自らをどうしたらいいか、常に悩んでいます。大きなストレスと苦痛を抱えながら、誰にも言えなかったり、身体的性で生きようとしたり、無理して結婚をしたり、自殺する人も非常に多いです(私の友人にも何人かいます)。
 また、内科的なサポートを受けないまま、ホルモン剤や抗ホルモン剤やサプリメントを、自己判断で自己投与するひとがほとんどです。リスクを充分に理解できないまま、ネットの記述や経験者の声に基づいて、量や頻度、リスクのコントロールもできずに、いろんなお薬を購入・摂取する。これが如何に危険なことか、お分かりだと思います。
 そんな中で、診断書だけ書いてもらう医師をなんとかみつけて、国外で手術を受けるケースが非常に多いのです。
 日本の性同一性障害の人の多くは医学的なフレームワークから取り残されているのです。医師の診断や判断・投薬や管理が必要なものを、自己判断で行うしかない状況が続いているのです。
 性同一性障害の患者の多くは、充分な精神科領域のサポートもなく、また、自らの身体・生命を危険に晒しながら自ら未来を切り拓いていくしかないのが現状です。医学的治療のフレームワークから取り残され 残酷な状態に置かれ、少しずつ変わってきてはいるものの、放置されている現状はずっとあります。

 日本の医療で、このようなことが許容されている、そんなことがあっていいのでしょうか。

精神科・心療内科とGID

 性同一性障害の人は、発達障害や、うつ病・他の精神疾患を併発することも非常に多く、精神科領域のサポートが欠かせないものです。社会適応上の課題を抱える人も少なくありません。精神科領域の先生のお力は、人口のうち数%を締めるGIDの当事者を助けることができます。

 ガイドラインでも触れられているとおり、性同一性障害の診断そのものには通常以上の慎重さが求められているわけではありません
 逆に言えば、このガイドラインに従っても、経験があまりなくても、ガイドラインにあるように、精神科・心療内科で一般的な精神科領域の治療と同じように精神的治療ができますし、身体的治療(ホルモン療法、手術)のための診断や意見書は他の経験豊富な先生に紹介状を書く、ということもできます(私はそのようにしてもらいました)。

 どうか、性同一性障害についても、積極的に、精神科領域のサポートをしていただきたいです。少なくとも否定したり断ったりしないでほしい。それで絶望した当事者もいっぱいいます。先生にフォローしていただくことで性同一性障害の患者さんはより安全により確かに少しずつ自らの道を模索できるのです。

内科・内分泌・泌尿器科・婦人科とGID

 また、身体的治療についても、特にホルモン療法は、一般的なホルモン補充療法に準ずるものです。まだ保険点数はつかない状況ですが、一方で他の標準治療と同じく、どのようなお薬をどのように投薬したらいいか、既に確立しています非保険診療でも、処方・投薬管理をしてもらいたい、血液検査などの結果もみてもらいたい、そんな患者がたくさんたくさんいます

 本来はお医者さまに処方・投薬管理していただきたくても、現在容易でないために、先述したように、海外の通販サイトや、お薬を流してくれる(でも管理はしない)お医者さまで薬を買ったりして、自分で量を考えて飲んだり、注射したりしています。期待する効果がほしいために、また、抗ホルモン剤の効果を期待したりして、リスクを考えずに、自己判断でお薬を使っているのが実情です。

 この危険な状況にある患者さんが安心して処方・投薬管理していただくためにも、先生のお力が必要です。人口の数%の患者さんの生命に関わることです。
 どうかホルモン剤の投薬の希望する患者さんがいらしたときには、可能な範囲で、処方や投薬管理について調べ、検討していただきたいです。
 上述のガイドラインにあるとおり、精神科医の意見書や、ジェンダー外来のチームの担当医からの紹介状がある場合もあります。
 それがなくても、精神科でどのように話をしているか、現在どのような段階かなど診察した上で処方もできますし、私はそのようなお医者さまをみつけました。
 どうかたくさんの患者さんを助けていただきたいです。

形成外科とGID

 性同一性障害の人たちの中には、かなりの割合で、身体的治療を希望する人がいます。自らの性器が辛かったり、反対の性の性器が欲しかったりします。

 男性から女性へ、女性から男性へでだいぶ違いますが、どちらもその人の人生を大きく変え、新しい人生をスタートする、その後押しになります

 現在でも、国内で性適合手術をできるお医者さまは非常に少ないです。信頼できる手術ができる先生となればもっと限られます

 ご存知かもしれませんが、やっと、性適合手術が保険適用になったにもかかわらず、手技も確立しているのに、少ないのです。生命に直接関わる手術ではないからかもしれません。また、他の病院・クリニックの多くの科の医師と連携する困難さがあるからかもしれません。

 しかし、多くの性同一性障害の方の人生を支え、自分らしく、本来の姿で歩み始める、最後のいちばん大きな一歩の背中を押すのが、性適合手術です。そしてその役割を先生にお願いしたいのです

 性適合手術を施術する環境は、そもそも非常に厳しいと存じますが、国内で実施している機関がないわけではありません。ないわけではないけれど、ないわけではないというくらいなので、ほとんどの人は海外で手術をします。

 その海外では、日本語が通じないわけではなかったり、安全なように確実なように不安がないように、みなさん海外の病院を選んで手術を受けますが、日本国内で高クオリティな手術を受けられ、術後のフォローアップも受けやすいのであれば、患者としてもそれが一番安心です

 性適合手術をする先生方は、「僕は患者の生命に関わる治療だと思ってる」「非常に大事な治療だ」「僕はこの手術がすきだ」「やりがい?あるよ。もちろん」と仰います

 性適合手術を受けて、戸籍上の性別の扱いを変えた結果、性同一性障害の悩みが消えてしまうくらい、一気に楽になる当事者も少なくありません。半信半疑でしたが、私もそうでした。
 自らのあり方に苦悩する人が新しい人生を切り開く、その一番の後押しが性適合手術です。
 どうか、性同一性障害と性適合手術に興味を持っていただき、そして、志してほしい
です。

最後に

 以上、生意気なことを当事者の視点で述べてきました。何様なのなどと不愉快に思われたりしたとも思います。申し訳ありません。うまく伝えられない私の力不足です。
 けれど、この分野は関わっていただける医療者が非常に少なく、患者が危険にさらされている、そんな取り残された領域です。
 どうか先生方にご興味を持っていただき、多くの当事者が救われることに繋がれば、これにまさる喜びはありません。
 どうかよろしくお願いいたします。

皆さまのお心は私の気力になります。