道の駅のうどん屋で「正義」について考えさせられた(1)
地元の国道沿い、道の駅。
本館とは別に仮設バラックのような建物があり、そこにいくつかの飲食店が入っている。それぞれ好きな店で食べたいものを注文し、テーブル席でそれを食う。いわゆるフードコート形式だ。休日ともなれば家族連れで賑わう。
そこに出店しているうどん屋が、最近のおれ達のお気に入りだ。
初めてここに来たときのこと。調理場に立っているうどん屋の店主を見て、榎木が言った。
「あいつ見ろよ。……ほら、よく太っているだろう。知ってるか? 太った奴が本当に美味いものを知ってるんだ。こだわっているからな、食うことに」
なるほど、うどん屋の店主は丸々とよく太っていた。そして彼の様子をよく観察してみると、たしかに自分の仕事に対するこだわりが感じられる。
食券を受け取るときの彼は、ちょっと卑屈なくらいに腰が低かった。メガネの奥のつぶらな目も、気弱に泳いでいた。
だが、いまはどうだ。
ぐらぐら煮え立つ大鍋を前にして、うどんの茹で加減をコンマ一秒単位で見極めているかのような真剣な眼差し。それと並行して次々に天ぷらを揚げていく。調理場にただ一人、黙々と働く。
無駄がなく的確で迷いのないその動きに目を見張る。まさに孤軍奮闘である。己の戦場は、ここ以外にない。そう言わんばかりの気迫が、彼の巨体から滲み出ていた。
「太ってるのがポイントさ。焼き肉屋がガリガリに痩せてたら、とても信用できない。自分の焼いた肉、ほんとに食ってんのかよって。……ああ、飲食は、やっぱりデブに限る。説得力がちがう」
熱っぽい視線でその店主を見つめながら、榎木は語った。
「……そば屋なら痩せてていいかもしれない」ふと思いついたようにつぶやいてから、自分に言い聞かせるように「でも、ここはうどん屋だ」
「ああ、うどん屋だな」榎木の言葉におれは相槌を打った。
「うどん屋は、デブでいい」
榎木は満足そうに頷いて、コップの水を飲み干す。
筋張った首の中央で、喉仏が上下するのがはっきり見える。デブにこだわる榎木自身は、筋肉質で痩せていた。普段から肉体労働に従事しているので、贅肉がつく余裕がないのだろう。
おれは『ぶっかけうどん』それに『山菜の天ぷら』。榎木は散々悩んで『キツネうどん・ミニカレーセット』をそれぞれ注文していた。
地場産の小麦粉を使った手打ち麺が、この店のウリだ。だがカレーや丼ものにも心惹かれるものがあり、うどんとのセットメニューも充実している。なかなか選択肢が広い。
しばらくして、おれ達の食券番号が続けて呼ばれた。
いよいよ食事にありついた。
こだわりの小麦粉のおかげか、うどんのコシが強い。それに負けないよう、ツユの出汁もしっかりとしたもの。それから天ぷらも丁寧な仕上がり。盛りつけの随所にも、細やかなこだわりと丁寧な手仕事がうかがえた。
「おい、こっちもすごいぞ」
榎木がセットのミニカレーを絶賛するので、一口味見をした。
……なるほど、これはうどん屋の片手間メニューとは思えない。スパイスを利かせた独特な深みのある黒いルー。このカレーをメインにして店をやってもおかしくない出来だ。この味の完成には相当な手間ヒマがかかっているだろう。
そういうわけで、おれと榎木は店主の見事な仕事ぶりを誉めちぎりつつ、その日の昼食を終えた。
すばらしく満足だった。
この辺りに、これだけ真っ当なものを食わせる店がいま、どれくらいあるだろうか。
この店の素材へのこだわり、味、満足感。それを喧伝して回りたい。そのすべてが高いクオリティにも関わらず、価格設定や提供時間などはあくまでフードコートの範疇に収まる。
なるほど、ここは穴場に違いない。
おれと榎木は無言で頷き合い、その店を後にした。
それから数ヶ月。運命の日がやってきた。
その日も、おれと榎木はうどんを食うために道の駅を訪れた。
あの日あのとき、この場所に来ていなければ。
おれ達はいつまでも、あの頃のまま変わらずにいられたかもしれない。
いまでも、そう思うことがある。
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