怒ることができない

 怒ることができない、というと言い過ぎたように思います。怒っていることを表現できない、というべきでしょうか。

 その理由の一つは、自分は怒っているのだと表現することのメリットが分からない、ということ。怒りの感情を相手に示したとして、その相手とこれから良い関係を築くことの難易度は、そうでない場合に比べて高くなるように思います。ひとたび怒ってしまえば、相手は、私に対して、「この人は自分に対して怒る人なのだ、怒るポイントがどこか、見極めながら過ごしていかなければならない」、というように感じるのではないでしょうか。それは、直接の相手に限らず、関係のある人の間でもそう思われるようになることでしょう。「気を置かなければならない」関係と言えるのではないでしょうか。

 怒られて嫌だという前提で書いてしまいましたが、怒られることが嬉しい人もいるのでしょうか。この人は、自分のことを考えて怒ってくれたのだ、というような考え方をする人もいることでしょう。しかし、怒りという感情をあらわにして伝えるより、効率の良い方法があるように思えてなりません。『嫌われる勇気』という本に、「怒る人は、怒りたいから怒っているのだ」というようなことが書いてありました。私も、同じように思います。怒ると叱るは異なるのだ、という人もいますが、うまく両者を定義している例を、私は見たことがありません。客観的な事実は変わりません。得てして「叱る」側や、第三者が、それは「叱る」という行為で、「怒る」とは違うのだ、などと正当化しているもので、そういった光景は見たことがあります。

 冷静に言葉で伝え、それでも伝わらなければ、諦めることも必要でしょう。いや、自分の会社ではそういうわけにはいかない、叱ることも指導の一つだ、とは言っても、それは自分のストレスが原因ではないか、むしろ委縮させることで相手の生産性が下がらないか、どう歩み寄っていくかを考えることは必要ではないでしょうか。どうしようもなければ、環境を変えてもらうよう、上申することも必要でしょう。「叱る」のは先輩、上司なのですから、環境を作ることも比較的やりやすいはずです。

 もう一つの理由として、なかなか書くのが難しいのですが、自分の中で方針が一貫しないことに対する気持ち悪さがあります。

 端的に言ってしまえば、どんなに腹が立ったとしても、その人が障害をもっていたら、私は怒らないだろう、ということ。

 自分は急いでいるのに、目の前をのろのろと歩いている人がいる。いらいらするでしょうが、もしその人が松葉杖をついている、先天的な障害をもっている人だったら、怒る気はしないでしょう。しかし、所謂健常者がのろのろと歩いていたら、もしかしたら声を荒げて怒りを表現する人がいるかもしれない。しかしそれは顕在化していないだけで、彼の先天的な障害なのだとしたら、私には怒ることはできません。

 世の人が皆、何の障害も持っていないという確証はありません。どんな人にも、どんな困難があるのか分からないのです。相手の状態、端的に言えば障害の有無で対応が変わるのに、心持が変わるのに、相手のことを知らずに、怒りという強い、どちらかと言えば「負」の感情をぶつけることが、私にはできません。

 悪い言い方をすれば、腹が立ったら「この人はこういう障害を持っているのではないか?もし持っていた場合、対応を変えるのであれば、自分の行動に一貫性がない、そうなれば、とても理性的な生き方とは言えない、自分の怒るという表現に理由付けができない」と思ってしまう、ということです。

 理不尽なことを言う人がいる。私は怒りたくなる。しかし、その人は、例えば先天的に共感するための脳機能に問題があるのではないか、例えば論理的な思考を訓練されるような環境に生きてこなかった、その環境が不可避だったのではないか、様々な理由が思いつきます。これらに答えず、怒りをぶつけること、「叱る」ことは、相手の、そして自分の尊厳を踏みにじる行為ではないでしょうか。私たちは「人類」として生まれ、高度な論理的思考ができるのですから。

 怒りの感情を持つことは避け難いとは思いますが、それを顕在させる前に、いったん立ち止まることが必要ではないでしょうか。「あの人は怒る人だ、怒られるのは嫌だから遠慮して、顔色を窺って接しないといけない」と思われるのは、私にとっても良いものではないでしょう。ましてや、「後輩」の思考のリソースをこんな無駄なことに使わせるのは、仕事だろうと何だろうと、もったいないことだと言わざるを得ないでしょう。

 常に考えて、なぜ、を探求する姿勢は、誰に褒められるわけでもありませんが、皆が幸せになるために必要なことの一つだと思います。

 いつにもまして、うまく表現できていませんね。

Think, think, think.

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