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【現地レポート②】 香りの都 グラース: 花栽培再興への道

「香りを巡る旅」は香りの文化にまつわる人や場所を訪れる、旅とテキストによるプロジェクトです。

2023年5月にスタートし、同年9月にフランスへの取材旅行を実施。香りの街と知られる南仏のグラースでは、調香師のほか、香水の原料になる花を栽培する農家やその関係者の方々との出会いがありました。

18世紀以来、良質な花の産地として知られてきた同地ですが、2000年代初頭には農家数がわずか数軒にまで減少し、存続が危ぶまれました。

現在は再び農地や生産者を増やしながら再興の途上にあり、その過程や取り組みをシリーズでお伝えします。

今回の記事では香料植物の生産者からなる協会とLes Fleurs d'Exception du Pays de Grasse の取り組みを紹介します。

(前回の記事:グラース 香水と花栽培の歴史)
ルネサンス期の香りつき手袋から始まり、地理的条件をいかした花の栽培、天然原料から香料への加工、そして調香技術で香水の街として発展してきた南仏の街グラース。今日においてもグラース産のローズやジャスミンといえば、高級香水にも使用される付加価値の高い花として知られているが、第二次大戦以降、花の栽培数は激減し、2000年初頭には数軒の農家が残るのみとなっていた。詳しくはこちら


香料植物園からグラース盆地を望む

Les Fleurs d'Exception du Pays de Grasse設立


グラースの花の栽培減に際し、いち早く動いた企業の一つがシャネルで、80年代後半には提携農家と契約し、シャネルNo.5等自社製品に使用する花の確保にふみきった。しかし地域全体で大きな変化が訪れるのはもう少し先となる。

現在、香料植物の栽培農家数は数十軒までに回復し、栽培地も再び拡大しつつある。変化の裏には、グラースの土地と花々に愛着や誇りを持つ人々の働きがあるが、その中の一つが2006年に設立された香料植物の生産者からなる協会 Les Fleurs d'Exception du Pays de Grasse と、その内部組織で生産者や農地拡大の支援を行うAromatic FABLABだ。

協会設立前、花の主要栽培地が労働力の安価な海外に移り、残された農家は苦境に立たされていた。原料会社との関係は前時代的なままで、契約書が存在しない、支払いが先延ばしにされる、買取は工場が必要な分のみ、など生活の見通しがたてづらい状況にあった。農家は主に家族経営で、どこも似たような問題を抱えていたが、それぞれが孤立した状態だった。


グラース盆地はもともと花の生育に適した土地だったが、それに加えて人々の努力によって、栽培ノウハウが蓄積されてきた。
伝統の農地や花々がこのままでは失われてしまうかもしれない。そんな危機感のなか、栽培者団結のために2006年に協会が設立された。

協会名であるLes Fleurs d'Exception du Pays de Grasse は「グラース地域の特別な花々」という意味で、「グラースで咲く花々は他の地とは違う特別な香りがする」とAromatic FABLABのレティシアは語る。

協会はグラースが誇る香料植物栽培の伝統と、花の香り高さ周知することで、農地と技術の継承・発展をはかり、生産者の持続可能な自立を目指している。設立当初2軒でスタートした協会は徐々に数を増やして団結し、現在は40軒がメンバーとなる。


世界遺産登録の機運

時を同じくして2009年頃から、行政でグラース地域における香水文化のユネスコ世界遺産への登録構想が持ち上がった。発案者の一人であった当時の市長は、花の生産がピークであった1950年代のグラースで少年時代を過ごし、市長就任後の90年代以降は農業や原料工場の衰退に対する施策にあたってきた。

世界遺産登録にむけ香水産業、文化に関連する人々が幅広く集まるようになり、花の栽培者や香料会社、調香師はもちろん、科学者、ビジネス関係者、政治家などが「一本の瓶」をとりまく文化の元で団結した。

そして2018年に「香料作物の栽培」「天然原料と加工に関する知識」「 調香技術」からなる「グラース地域の香水に関する技術」ユネスコ無形文化遺産に登録された。


グラースの街並み


業界全体の団結へ

この間に活発化した香水業界や地域内における交流や団結、そして情報発信による人々の関心の高まりなどが手伝って、農業をとりまく状況にも変化があった。人々は改めてグラース産植物の希少性や付加価値の高さを再認識し、土地や自分たちのアイデンティティの一部として捉え直すようになった。香料会社や香水メーカーは農家との関係を持続可能でフェアなものへ切り替えはじめ、現在では生産者と契約書を交わし、農家は全量買取を保証を保証されている。

とある香料メーカーを訪れた時、青空の下、丘陵地に沿って広がるグラース街並みを眺めるロケーションで作業員たちがのびのびと働いていたのが印象的だった。
また今回色々な人と話をする中で、香水業界には幼い頃から自然に親しんだ人が多いことがわかった。
関係者の多くが土地や自然への愛着を自然な形で持っていたから、地元栽培者が声をあげた時も他人ごとで済ませなかったのではないか。

ディオールの専属調香師フランソワ・ドゥマシーもグラースの農園を家族と共に度々訪れている、と聞いた時もそんな風に思った。ドゥマシーがディオイールに就任した2006年以来、ディオールはグラースの農園と専属契約を結んだほか、新規農園開園の後押しもしている。

「今はこうして原料メーカーや香水メーカと協力しあって花の栽培に取り組んでいますが、少し前までは業界の人たちとは関わりがありませんでした。原料メーカーとのやりとりはおろか、その先の香水メーカーと話をするなんて考えられなかったことです」とレティシアは語る。


次回の記事では香料植物の農業試験や花の苗の栽培を行うAromatic FABLABの訪問レポートをお送りします。どうぞお楽しみに!
(下の写真二枚は予告)



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