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kameri
2020年8月30日 23:24
カランとドアの開く音がして顔を上げたら、義妹が私に気づいて会釈するのが見えた。私も右手を挙げて答える。約束の時間を五分ほど過ぎたところだ。「すいません、ちょっと電車が遅れて」「ああ、いいからいいから。何にする?」「ええっと……」 彼女はメニューの書かれたカードを上から下まで丹念に眺める。ひととおり目を通すだけではなくて、たぶん何往復も見ている。そんなに時間をかけるほど選択肢が多いわけでも
2020年8月23日 22:53
「明後日には引っ越すって人の部屋だとは思えないなあ」 ぼくの部屋に入るなり、妹は呆れたように言った。「なかなか荷物をまとめる時間がなくて……」「まとめるっていうか、それ以前にもうちょっといらない物を捨てたりとかしたほうがいいんじゃないの」「いや、そうしたいところだったんだけど、いらない物っていうのがほとんどなくてね……」「こんな積み方してる本とか雑誌とか、ほんとうにいるの? 読むことある
2020年8月16日 23:45
あんたと同じぐらいの歳の女の子が、えらい難しい研究でなんや大発見いうて新聞に載っとるよ、ようわからんけどすごいねえ、という母からの電話に、ニュースで見た見た、すごいねえと返しながら、そんなんで私にかけてこんでええやん、と内心では顔をしかめる。同じぐらいの歳だからって、ニュースを見たら私とは全然違う世界の人間だって、一目瞭然だろう。私でも名前を聞いたことあるぐらい有名な都内の高校を出て、最難関の大
2020年8月9日 23:58
相変わらずこの喫茶店の飲み物は値段に見合った味なのかどうかわからないなあと思いながら、私はオレンジジュースを啜る。隣に座った娘は、席の横に飾ってあったミニカーをくるくる走らせて遊んでいた。勝手に触っていいのかとちょっと心配していたのだけど、アイスコーヒーを運んできた店員さんに聞いたら、ああどうぞ、好きなだけ遊んで構いませんよと言ってくれた。店員さんがアイスコーヒーを置くと、向かいに座った幼馴染は
2020年8月2日 23:59
風景や建物の写真のほうが好きだけど、コンクールに出す写真の被写体に植物を選んだのは、美術館に行ったついでにその近くの植物園を覗いてみたら思いのほか楽しかったのと、去年までは街の風景を撮って見事落選していたので、ちょっと違う種類の写真に今年は挑戦してみようと思ったからだった。 植物のことはあまり知らないので、初めのうちは花の名前もわからないし、どの樹もおんなじように見えるというような調子で、「題