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車でトルコへ 1

ここ数年、夫が何度もつぶやいていた。

「人生で一度でいいから、自分の車でトルコまで行ってみたい。」

対しての私の率直なコメントは

「冗談でしょ。」

そう。冗談にもほどがある。
スイス, チューリヒからトルコの首都イスタンブールまでは約2200kmの距離があり、仮に休みなしで運転したとしても丸一日かかる。24時間だ。
グーグルマップで調べてみたら、距離的には鹿児島から札幌までが約2260km。つまり日本地理で想像してみると、ほぼ日本横断くらいの距離があるわけだ。

おまけに通過していくのはスイスとトルコを除いても全部で6ヶ国。
そのうちの数ヶ国は、裕福な国とは言えず、治安が安定していない。
夫は無類の車好きで、高いローンを払いながらドイツ製のお高めの車を運転している。そんな車で貧しい国々を横断するとなれば、良からぬことを目論む輩たちの恰好の的になってしまうのではないか。まず私が心配したのはそこだった。

夫は、トルコ系移民の第2世だ。
夫の両親は、45年前にトルコからスイスへ出稼ぎにやってきた。
かつての移民たちの移動手段は、車だった。
1年に1度、夏の長期休暇に数日かけて、友人や親戚が集まり合って数台の車で数日間かけてスイスからトルコへと帰っていく。そして約一か月後には、また車でスイスへ戻る。
そんな長旅を、夫も子供時代に何度も経験している。
つまり彼にとって、車でのスイスートルコ間の旅は幼少期の根深い思い出なのだ。

「一度でいいから自分の車でトルコへ」

まさか夫のこの夢が、この夏まさに実行されるとは正直言うと最後の最後まで思っていなかった。いや、実行されない理由が見つかるかもしれないという希望を捨てきれなかった。

私のそんな希望も夫の熱意に吹き飛ばされ、私たち家族は7月下旬にトルコへ向けて出発することになった。

まず最初に決めるべきは、ルートである。
スイスからトルコへ行くには3ルートある。
一つ目は南ルート。スイスを真下へ南下してイタリア経由でミラノとベネチアを通ってスロベニアへ入る。
二つ目は東ルートで、スイスから東に位置するオーストリアに入り、横長のオーストリアをずーっと横断してハンガリー経由で行く道。
そして3つ目が、私たちが通った北ルートだ。
北ルートは、まずスイスの北側に位置するドイツのミュンヘンを通過し、そこからオーストリアへ入ってスロベニア方面へ南下していく。

イタリア経由かドイツ経由かで迷った。
イタリア経由はクロアチアへ行った時に2度ほど通ったルートで、通り慣れているのがプラス点だったが、去年のクロアチア旅行の際はものすごい数の旅行者でごった返していた。高速道路料金の支払い関門で何度も渋滞したし、サービスエリアでも人が多すぎてカオス状態だった。
それに反してドイツ、オーストリア経由はイタリアほど旅行者が多くないのではないかと推定した。
なぜならイタリアはドイツ人やスイス人が大好きなバカンス地であると同時に、ヨーロッパ中のイタリア移民たちが夏休みに帰省する場所でもあり、そしてバルカン地域の移民たちがそれぞれの国々へ帰っていくための帰路でもある。夏休み期間は尋常ないくらい旅行者でごった返しているのは安易に想像できる。

そして私たちの想像通り、ドイツとオーストリアを通過してスロベニアとクロアチアまで行くのはとてもスムーズだったし、サービスエリアもさほど混雑していなかった。
行きは夜に運転したいという夫の希望で仮眠をとって午後10時に出発した。
そして次の日の朝になっても、夫は支障なく運転できると主張し、私たちは南下を続けた。欧州連合(EU)に加盟している国々の間にはパスポートチェックは存在せず、簡単に通過できる。つまりクロアチアまでは夜間で車が少なかったということもあり、長い距離の運転が難儀なこと以外は問題なく通過していった。(ちなみに私は運転こそできるが苦手意識があり、知らない土地で運転するのは恐怖なので、ずっと夫が運転している。 彼はそれでもこの旅をあきらめなかった。)

そして私たちの旅の最初の難関は、クロアチアとその隣国、セルビアとの国境通過である。

2へ続く。


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