肥後百景#9【子飼橋と河川敷】
市街地に白川という名の大きな川が流れている。
高校から大学にかけてこの川の河川敷にはお世話になった。
部活帰りには、帰り道にあるタピオカ屋でどでかいタピオカを購入し子飼橋を渡ってすぐ脇道にそれると辿り着く河川敷で、友達とよくダベった。
最近都内でタピオカが流行ったが、熊本では根強い人気があるタピオカ。
そのせいか、タピオカは田舎ほどウケるのではないかと勝手に思っている。
都内は田舎者の集まりみたいなところがあるので、流行るのも頷けた。
よって、タピオカブームには自意識が過剰に作用し全く乗る事ができなかった。
青春時代のタピオカの味を上書きするのはいいかがなものかと変に言い聞かせる自分もいた。
それ以外にも、河川敷では様々なことをした。
BBQ、花火、恋話、ファッションショー。時には泳ぎもした。
その中でも一番古い記憶。
高校生最初の公式試合。
ちょっとした事で監督に叱られた。
帰れと言われ、引き下がるわけにもいかず断固拒否したが聞き入ってもらえなかった。
なので、河川敷まで自転車を漕いでいき不貞腐れることにした。
隣には、一緒に叱られた山本くん。
じっとそばに座っていてくれた。
しばらくすると会話が途切れた。
あまりにもイライラしていたからか急に眠気が襲って来て、知らぬ間に寝落ちしていた。
「ごめん、ちょっと寝てたわ。」
「うん。」
「どんぐらい経った?」
「3時間ぐらい。」
「そっか。」
あまりの衝撃にあほみたいな返事を返しをしてしまった。
そんなバカな。
一瞬目の前が真っ暗になっただけだと思ったのに、3時間も。
通りで少し肌寒くなったわけだ。
そんな長時間、山本くんは隣で僕を起こすこともなくじっと耐え忍んでいたとは。
返す言葉もありません。
背中に腰に腰にとにかく体の裏側全部が痛いのに、山本くんは最後の記憶に残っている大勢から1ミリも違わない。
なんて辛抱強いんだ。
それに比べて俺はなんて雑魚なんだ。
君は叱られてここに一緒にいるべき人間ではない、今すぐ試合会場へ戻ってもう一度監督に頭を下げれば必ず許してもらえる。
だってこんなに君は優しくて辛抱強いじゃないか。
そんなことを思っていた矢先、試合が終わり様子を気にしてくれていた仲間からメールが入った。
返事をすると間も無く続々と河川敷に集まって来て、散々いじったり心配してくれたりそれぞれ味のあるアクションをとってくれた。
「で、何で河川敷にいったん?」
と問われ
「水見たい気分になったから」
と即答した。
「意味わからんわ。」
山本くんも含め、全員この回答には窮していた。
その時僕は、思い出していた。
監督に渾身の勢いで頭を下げながら許しを乞う山本くん。
「ズミャアセヌイデェェfghjエ¥したああアアァ!!!!!!!!」
余りの緊張感におかしくなってしまったのかと思うほどの謝罪だった。
もう母音のあぐらいしかまともに聞き取れなかった。
僕も僕でさっさと許してもらう算段を立てていたにも関わらず。
完全にやられた。この謝罪のせいで先手をとられた結果、場の空気を掌握され、僕は謝罪どころではなくなってしまった。
どうにかして笑うのを堪えなければならない。
頭がそっちに切り替わり、全神経を集中させた。
全身の震えが止まらず、汗が滝のように流れた。
そうだ、山本くんはおそらく溺れていたんだ。
水の中でもがき苦しんでいたに違いない。だからあれは苦しみの音だ。
盛大に噛んだわけでは、決してないのだ。
そう言い聞かせるのに必死だった。
おそらくあの時の僕は、全集中水の呼吸を使えていた気がする。
結果的に、許してもらえなかった僕たち。
僕は迷わず河川敷に向かった。
ああ、だからか、疲れてたのは。
あの時はごめん山本くん、僕も頑張ったから許して。
お心遣いに感謝です。今後も励んでいきます!