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紙に書くこと、キーボードを打つこと

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昔から文章を書くことが好きで、小中学生時代は見様見真似で"小説"を書いていて、高校時代は文芸部で部長もやってた。
文字を書くこと、文章を書き綴ることが好きで、好きだからこそ22歳になった今でもこうしてnoteを気まぐれに更新しているわけで…
昔は就寝時間も忘れてA5ノートに駄文を書き綴って試験勉強も蔑ろに読書に耽っていたのに、いつの間にかSNSやIT技術が普及してレポートも調べ物、就職活動におけるエントリーシート・履歴書ですら端末1台で済むようになり、キーボードを打つ日々が続いて…
当たり前なんだけど、どこかに葛藤してる自分がいて。そんな頭の中のモヤモヤをnoteでカタチにしたい。

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2021年、去年の夏に1日のキロクとして日記を付け始めた。寝る前に手軽に書けるようにと、スマホアプリの「muute」を活用して付けていた。
飽き性な私にしては結構続いていたのだが、ふと思った。

「書いていても見返すことはない。」

中学時代は百均で買ったノートに日記を書いていた。
その日学校であったこと、休日どんなことを過ごして、テストが何点だったとか。部活がどうだとか、とりとめのないことを。
しばらく期間が空くと、近況報告も書くのでルーズリーフ1頁分になるときも時々あった。

それが高校時代に進学し学年が上がると共に書かなくなっていた。やはり身近にスマホがあって、その時感じたことをSNSで気軽に呟けるようになったことが大きな要因だと考える。
中学時代はスマホは持っていたが、TwitterやInstagram(そのときあったのか?)はやっていなかったしLINEが主な連絡ツール、使ってYouTubeだった。
高校進学を機にTwitterで友人を作り、Instagramでリアルタイムの発信をする。
そんな生活のおかげで、私の生活と「日記」は日常の一部から切り離され、次第に存在を忘れていたのだ。

それが就職活動という、人生において1番大事なイベントであり受験よりもメンタルをえぐられるもの(私は大学受験はAO・公募だった)によって、日々の感じていることを吐き出す場所を再び求めるようになった。
しかし、昔と違って紙媒体ではなくまたしてもスマホという文明の利器に頼ってしまったのだ。
前述したように、私は飽き性だ。ハマる時は猪突猛進というか無我夢中というか…
しかしその一方で、熱しやすく冷めやすい性格の典型例。
スマホアプリで楽に日記を書くことに満足していた。
しかし、そのうち目的がその日の出来事をキロクするものではなく、アプリにキロクすること自体が目的になっていた。義務感のようなものが無意識に芽生えていて、キロクをつけなかった日は少し罪悪感が生まれたのも事実。
昔は──,手書きでノートに日記を書いていた頃は、日記をつける日もあれば書かない日もあって、その日の気分次第だった。
それが文明の利器によって義務化されていた。

年が明けて、そのことにようやく気づき1週間程前から手書きで日記をつけるようになった。
とりあえず続くか分からないので、無印良品でウィークリー手帳を買ってみた。これが安くていい、1冊税込100円。書き心地もいい。
日記の書き方を忘れていた(?)ので最初の4日くらいは箇条書きで使い、その日の支出金額も書いていた。
しかしこれがウィークリー手帳において、思わぬ誤算を招く。
本格的に日記の書き方を思い出してから4,5行埋めると支出金額が書けない…。元々文章を書くのは好きなだけにムダに書いてしまうところが仇となった😅笑
色々模索して、自分に合った手帳スタイルを見つけたい。
これもまた、ボールペンと一緒でノートもこだわりが強い。
サイズはA5、最近は罫線より方眼の方が好き。分厚すぎるノートはなぜか続かないので、なるべく薄めのノートで…。
とりあえず、百均でノート買ってた。ウィークリー手帳はA5があまり見つからなかったので、見開きで使うようにして左ページを無印を切って貼り付け日記を、右ページに支出金額の計算を。

モヤモヤも少し和らいだような気がする。
今度の記事は、大学時代で学んできた社会学について触れられたらいいと思う。

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