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【読書レビュー】『生物と無生物のあいだ』

著者・書名・出版社・出版年は?


福岡伸一『生物と無生物のあいだ』講談社, 2007

どんな本?


「生命とは何か?」という問いは、とても深いものなので専門家であっても容易に答えることはできません。答えの一つに、生命を「機械」のようにみなす考え方があります。17世紀以降の近代的な生命観なのですが、これは現在でも一般的です。

たとえば、現代の西洋医学はヒトの体をさまざまな部品の構成物であると捉えていて、悪い部分は取り去ったり、入れ替えたりすることが「治療」となっています。ガンに侵されている内臓は切除したり、肝硬変であれば別のひとの肝臓を移植したりするのです。

また、「生命とは自己複製するシステムである」という答えも一般的です。細胞分裂の際に、DNAに書き込まれた設計図(遺伝子の持つ情報)が複製されることで、同じ遺伝子を持った細胞が生まれていきます。親子の外見が似ているのもこのシステムのおかげなのです。

しかし、そのような機械論的生命観は生命が持つ柔軟さや豊かさを充分に汲み取っているのだろうか。筆者は自らの分子生物学の研究経験から、そこに疑問を持ち、機械論では説明できない生命現象の萌芽を読み取り、新たな生命観を導き出します。

それが「動的平衡」とよばれる、生命の中に存在する「流れ」に着目した生命論です。この本は、著者が提唱する動的平衡生命論の端緒を開いた主著と呼べるものです。近著の平易さと比べると、生物学の知識なしでは理解が難しいところもあります。とはいえ、著者の個人的な経験を綴ったエッセイ風の部分もあるので、全体的には読みやすい本になっているといえるでしょう。

コロナの検査で知られるようになった「PCR」や、そもそもウィルスとは何か?という疑問など、ポスト・コロナ時代を生きるための基礎知識が満載です。なお、この本は2007年に第29回サントリー学芸賞(社会・風俗部門)を受賞しています。

何が学べるか?


  1. 最新の生物学の成果が身近な事例(PCRやウィルスなど)をどのように説明するのかがわかる

  2. 研究者の世界が結構ドロドロしていること

  3. あたらしい生命の捉え方がさまざまな領域に応用できる汎用性を持っていること

どんなひとにおすすめ?


  1. 動的平衡生命論について興味があるひと

  2. 生命研究の歴史が気になるひと

  3. 朝日新聞で連載された『新ドリトル先生物語』(文末バナー参照)の根底にある「ものの見かた」が気になるひと

目次


プロローグ
第1章 ヨークアベニュー、66丁目、ニューヨーク
第2章 アンサング・ヒーロー
第3章 フォー・レター・ワード
第4章 シャルガフのパズル
第5章 サーファー・ゲッツ・ノーベルプライズ
第6章 ダークサイド・オブ・DNA
第7章 チャンスは、準備された心に降り立つ
第8章 原子が秩序を生み出すとき
第9章 動的平衡(ダイナミック・イクイリブリアム)とは何か
第10章 タンパク質のかすかな口づけ
第11章 内部の内部は外部である
第12章 細胞膜のダイナミズム
エピローグ

感想とか


販売部数100万部に迫る勢いの動的平衡論の入門書にして、個人的には西田哲学の著書(文末バナー参照)と並んで「福岡ハカセ難しい本シリーズ」の一冊なのではないかと思います。たしかに、前半のヒューマン・ドラマ的な色彩が濃い部分は、推理小説を読んでいるようなドキドキ感があったりします。野口英世ってそんなひとだったのか、とか。ロザリンド・フランクリンはかわいそうすぎる!とか。

しかし、後半の動的平衡論の解説の部分は一般読者にはちょっと敷居が高いような感じです。大学院講義で福岡ハカセの板書による解説と質疑応答などを対面で受けた経験からすると、文章だけで理解するのはなかなか大変な気がします。それでも、この本はこの後に出版された著作群の基本になるものなので、福岡生命論を攻略するには避けて通るわけにはいきません。

ちょっと難しいと感じたら、とりあえず飛ばして読むか、一旦、プロローグとエピローグにジャンプしてみると、鷹揚なハカセの声が聞こえてくるようで、また一歩すすめるかもしれません。

Kindle INFO


残念ながら、いまのところ本書にはKindle版もAudible版もありません。伝統的な書籍版のみです。まあ、書籍版は紙の本ならではのいいところもあります。ペラペラとページをめくって楽しみましょう。



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