ニューウェーブとハードロックへの優等生による感想文 - "Race" / Pseudo Echo, 1988 - 後編

 〜平成5年(1993年)生まれが80年代の音楽を語る連載第一弾は、1988年にリリースされたオーストラリアのバンドPseudo Echoの"Race"というアルバムについてです。〜

前回からの続き。

 80年代のバンド界隈というのはハッキリ言うと、ヒップホップという発明にはかなわない。それより真新しい音楽というのは、まったく無い。それでも、ニューウェーブとハードロック・ヘヴィメタルというジャンルで生き永らえてきたバンドがなんとか次の世代に繋ぎ止め、色々あって、90年代に突入したのだと思う(長くなるから今回は書かないが)。当時それらのジャンルを橋渡ししていたバンドとして他に思い浮かぶとしたら、The CultかDef Leppardぐらいか。しかし、前者はThe Cureなどによるポストパンクからの暗さを強く受け継いでいるし、後者は言わずもがなNWBHM、ハードロック・ヘヴィメタル寄りだ。Psuedo Echoというバンドは、初期こそニューウェーブ的色合いが強いが、このアルバムでそのど真ん中に立ってみせた。

 このアルバムが持つのはAC/DCにも通ずる大仰でシンプルなハードロック的リフワーク、ギターサウンドと、a-haやTears for Fearsなどに通ずるシンセサイザーの使い方だろう。それらをどちらにも偏りすぎないポップセンスに基づいたソングライティングでもってまとめ上げ、前者の爽快さと後者の哀愁、センチメンタルさを共存させている。80年代の2大ジャンルとも言えるものに対する、誰もがわかる簡潔な感想文を叩きつけたわけである。

 思えば、80年代のロックの幕開けはオーストラリアだ。AC/DCの"Back in Black"(1980)が、死にかけていたロックを大衆へ向けて復活させた。やたら凝った音楽性などに偏っていたハードロックを、誰もが歌ってノレて楽しめるものにした。そういうことを考えると、Pseudo Echoがそうやってオーストラリアではじまったこの時代を(ひっそりと)終わらせようとしていたのではないだろうか。同時代的に、イギリスではThe Stone Rosesが"The Stone Roses"(1989)を、Primal Screamが”Sonic Flower Groove”(1987)を、アメリカではGuns 'n Rosesが"Appetite For Destruction"(1987)を、Nirvanaが"Bleach"(1989)を、Jane's Addictionが"Nothing's Shocking"(1988)を(レッチリなんてのはある意味茶番である)リリースして各々の国で各々のやり方で次の時代の幕開けを告げようとしていた。

捨て曲が無い

 このアルバムを気づかぬうちにリピートしていたもうひとつの理由は、捨て曲が無いということも大きい。

 私は、MDど真ん中の世代だ(私より10年若い人はそんなもの目にしたことはないだろう)。iPodが出るか出ないかのぐらいの時に中学生だったのでそうしたものは買えるはずもなく、TSUTAYAや図書館で借りてきたCDをシコシコMDにダビングしては1枚ずつ繰り返し聴いていた。だから当時聴き込んだ音楽は今でも身に染み付いている。そして今現在、音楽はコンビニ菓子よりも軽い気持ちで消費されるものになった。アルバムという媒体は意味を失った。そんな状況で自分もなんとなく音楽を聴いてしまっていたのだが、このアルバムは久しぶりにちゃんと面と向かって音楽を聴く機会を与えてくれた。

 アルバムというのは、様々な制約のもとに作られる。有名なバンドになればなるほどそれは強まる。なので、所属しているレーベルなどの意向を汲んで、そのアルバムに緩急をつけるために、または売れるようなものにするため自分らの望まない曲を作ってアルバムに収録しなければならなくなることもあるだろう。だから、深く掘り下げて音楽を聴いている身からしたら飽き飽きすることもよくある。しかしこのアルバムは、そのようなことをまったく感じさせずに先ほど述べたポップセンスでもって緩急をつけている。

 しかし世知辛いもので、最高傑作を作ってしまったことを自覚しているバンドというのは大体解散する運命にある。ゆらゆら帝国の"空洞です"(2007)なんかがいい例だ。それができないやつらが不安とプレッシャーを紛らわすためにドラッグに手を出して再起不能になったり、それでもそうしたものにすがりながらアルバムを作り続けてなんとか生き残ったりする。そして死んだら伝説になる。それがこの世界だ。Pseudo Echoもその例に漏れず、このアルバムを最後として1990年に一度解散している。各々のメンバーによるソロプロジェクトの後1998年に再結成してからは、精力的とまではいかないまでもそれなりにバンド活動をしているようである。


 自分がなぜ80年代が好きかを紐解いていくのにもかかわらず、なぜ80年代の終わりのバンドから書いたのか自分でもよくわからない。がしかし、ともかくこのアルバムを広くいろいろな人に聴いてほしい、という思いからだ。ネット上にも日本語の情報があまりなかったし、その素晴らしさを説いているような文章も見かけられなかったため率先させていただいた限りである。

 色々書いたけれど、私ら世代でひとことでこういうのを言い表せる便利なワードがある。エモい。それに尽きるがとにかくエモさでいったら群を抜いている曲の動画でこの駄文を締めようと思う。かしこ。


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