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日めくりカレンダー

我が家のリビングには日めくりカレンダーがある。


小さい頃から、それをめくるのは俺の役割だった。
家族の誰よりも早く起きてカレンダーをめくるのが何か特別な任務のような気がして、毎夜、朝が来るのが待ち遠しかった。


先日、25になった。
ついぞ実家を出るタイミングを逃してしまい、日付が回った頃に俺はひとり苦笑いをした。
だいぶ目線の低くなったカレンダーを、今も毎日欠かさずめくっている。


「よっしゃ、やるかぁ」

ひと仕事終えた気持ちで自室を見渡す。


さほど物は多くない方だが、中肉中背の成人男性が収まるには少々窮屈な部屋だ。


端に追いやられた学習机や本棚が、ブルーシートの青い海にぷかぷか浮かんでいるように見えて、なんだか不思議な心持ちになった。


なるべく片付けがしやすいようにと、本棚や引き出しの中を整理したのがいけなかったな。
昔読んでいた漫画雑誌やあの頃撮った馬鹿みたいな写真が次々と出てきて、だいぶ時間を取られてしまった。

こんなに笑ったのは学生時代以来かもしれない。
まだ脇腹がぴくぴくしている。

さて、暗くなる前に始めなければ。


上を見上げると、無骨な昼白色の吊り下げ照明に照らされて、銀色に光る一筋。
インテリアにそぐわなさすぎて、いっそ神々しい。


なるほど確かにこれは天国行きの切符だ。

外では嗄れた声のカラスが鳴いている。
下校時刻はとうに過ぎている時間だが、寄り道でもしていたのか、子どものはしゃいだ声がする。


階下では録画したビデオを見漁る母の笑い声。
夕食を作り出す気配が無いのは、きっと今日も父が帰らないからだろう。


そして、スウェットの下に紙おむつを着用し何食わぬ顔をした俺。
自室に鏡は無いがきっと間抜けな顔をしている。


ふと、日めくりカレンダーのことを考える。
思春期に差し掛かったあたりから、半ば義務感でめくっていた。
もう誰に褒めてもらえる訳でも無い。
ただ、ほんの少しでも日常が壊れるのが怖かっただけだ。


義務感でも恐怖心でもなんでも、今日までめくり続けたのは我ながら大したものだと思う。

それにしても紙おむつというものは、思ったより履き心地が悪いな。
尻の食い込みを直そうとしばらくもぞもぞ格闘したが、不毛なのでやめた。馬鹿馬鹿しい。

そのうちなんだかツボに入ってしまって、また脇腹がぴくぴくと痛み出した。
俺は、ホームセンターにて千円弱で購入した蜘蛛の糸を、笑いながら首に通した。

遠くでカラカラとキャスター付きの椅子が滑る。


我が家はもう、明日にはならない。

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