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【連載小説】「執事はバッドエンドを導かない」第十六話(Ⅴ 新しいハウスメイド)

Ⅴ 新しいハウスメイド

 五日目の午前二時。風雨が窓ガラスを殴りつける音に混じって、誰かが玄関扉を強く叩く音がした。

 カインは瞬く間に執事服を身に纏うと、二階の階段の手すりを軽々と飛び越えて、玄関広間の大理石の床に音もなく着地する。玄関からの侵入者を許さぬように佇む二匹のドーベルマン像の陰に身を潜めた。

──ドン、ドン、ドン。
 再び外から扉が叩かれ、ひんやり静まり返った広間に鈍い音が響く。

 一体何者だ。未明に屋敷を訪れるなど只者ではない。泥棒目的の侵入者であれば、わざわざ正面玄関やって来るはずもないが、ウェスト卿が急遽帰ってきたのか。それとも……。

 意識を集中させると、どうやら外には女が一人。これもレイラの思い描いた何かの物語かもしれないと考えたカインは、扉を開けることにした。

──ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン……!

 カインが鍵を開けよう手を伸ばしたその時、切羽詰まった様に女が扉を連打し始める。分厚い一枚板でできた丈夫な扉の中央が「ミシッ」と音を立てて歪むと、カインはすぐさま鍵を開けてドアノブを回した。

「うわぁ!」
 扉を内側に開くと、外にいた女が勢いでなだれ込む。カインが女の肩を掴んで受け止めると、屋敷に人がいたことに安堵した女は突然泣き出した。

「うわ~ん! よかったぁ! やっと中に入れてもらえたぁ! 一晩中、島の中を歩き続けて、もうダメかと思いましたよぉ!」
 女は身長百七十五センチメートルほど。童顔に比して豊満な身体に雨水をたっぷり含んだ深緑色のドレスをぴたりと張り付けて、ボストンバッグを腕にぶら下げたままカインにすがり付く。

「あなたは、どちら様ですか」
「ええ~‼ 旦那様から聞いてませんか⁉ 新任のハウスメイドのアメリアですよ! 昨日の夕方にはジリアンさんに船で送ってもらって島に到着していたのに、森で迷子になった挙句、何時間も彷徨って……。ようやっとお屋敷に辿り着いたんです~!」
 女は再びカインに抱き着くと、「お腹空きました~‼」と叫びながら号泣した。

「一体、何の騒ぎですか⁉」
 声の主は、階段を下りてきた寝間着姿のセオだ。暖炉の火かき棒を片手に、驚いた顔で二人を見ている。

「セオさん。この方は、新しいハウスメイドだと言うのですが。お話は聞かれていますか?」
「……ああ! そういえば、旦那様がそんなことおっしゃっていたような。カインさんが来てくれたことに安心して、今日からだということをすっかり忘れてましたわ」

「そ、そんなぁ……!」
 アメリアは恨めしい視線をセオに向ける。

「な、何はともあれ、無事に来てくれてよかったです。この嵐で身体も冷えているでしょうから、ひとまず屋敷の中へ。すぐに二階に部屋を用意しますから、カインさんも手伝ってあげてください」
 セオは女性慣れしていないためか、その視線から逃れるように、そそくさと階段を上がっていった。

「アメリアさん、どうぞ中へ。鞄は私が持ちますので」
「いえいえ、執事さんに持っていただくなんて申し訳ないです! 私、自分のものは自分で持つので大丈夫ですよ。それに、『さん』なんて付けずに『アメリア』って呼び捨てにしてください。執事さんの方が立場は上なんですから」
 そう言うと、アメリアはボストンバッグと外に置いたままにしていた三つのキャリーケース、合わせて四つの大きな鞄を一人で抱え、屋敷の敷居をまたぐ。
 アメリアが扉を閉めると、先ほどと逆側から力が加わり、歪んだ扉は見事に元の形を取り戻した。



「残り物ですみませんが」
「いいんです~‼ ありがとうございます~‼」
 部屋に荷物を置き、身支度を終えた頃、カインは地下のキッチンにアメリアを呼んだ。
 セオはいつの間にか休んでしまったため、アメリアの食事はカインがあり合せのもので用意する。簡単なものではあるが、缶詰のサバを炒めて蒸かした芋と和えたものを皿に盛り、昨晩の豆のスープの残りを温め直してカップに注いだ。テーブルに並べると、アメリアは人目をはばからずフォークを芋に突き刺してかぶりつく。

「美味しい~! 生き返る~‼」
 先ほどまで風呂に入りさっぱりとした様子であったが、アメリアは再び嬉し涙を零し始めた。その姿は、まるで豊かな曲線を描く体躯の中に、感情豊かな子どもを丸ごと飲み込んでしまったかのようだ。カインはどうしたものかと一瞬考えたが、小さな咳ばらいを一つして、ひとまず挨拶をすることにした。

「アメリア。早速ではありますが、私はお嬢様の執事をしておりますカインと言います。執事とはいえ試用期間中ですし、ここでは使用人の管理が私の主な仕事ではありません。日中のほとんどは屋敷の家事をセオさんと分担しながら行っていますので、上下関係はないものと考えてください」
 カインがそう言ってハンカチを差し出すと、アメリアは泣き止んで「ふふ」と小さく笑う。
 
「ありがとうございます。そうしたら、私も『カイン』とお呼びしますね」

「ところで、アメリアは本島に行かれたウェスト卿とは直接会われたのですか」

「いいえ、旦那様と会ったのは何年も前ですよ。私が二十歳になったら雇ってくださるって、ずっと前に約束をしてくれていたんです。旦那様と会うことは中々なかったけれど、これまで時々手紙や電話をくださって。二日前にも電話をいただきました。こちらにはお嬢様とセオさん、それに今週からいらした執事のカインさ……カインがいて、こんな私でも皆さんは仲良くしてくれるだろうと聞いていたから、会うのをとても楽しみにしていたんです」

「それは、屋敷に無事到着できて何よりです。……それで、お嬢様のことは何か聞かれていますか」

「レイラお嬢様のことは、旦那様からよくお話を聞いていましたよ! 随分と熱心な読書家でいらっしゃるんですよね。実は、旦那様が毎回お土産の本をお求めになる店は、出会った頃に私が紹介した町の商店なんですよ~! 旦那様はお嬢様が五歳の頃からその店で購入した本を読み聞かせられて、今でも新作が出る度に必ずお土産にされているのだとか。ちょっと一癖ある老主人が取り扱っている小説や図鑑が多いもので、お嬢様がお気に召すか心配していたのですが、今となっては鼻が高いです!」

「それ以外には、何か」
「え~っと、あとはお嬢様のお歳と、お母様を赤ん坊の頃に亡くされていること、それと身体が弱くて学校に行けずにこのお屋敷で過ごされていること……くらいですかねぇ。男性では難しいお世話ができればと申し出たんですけど、それは一人でできるから大丈夫とのことで」

「……そうですか。それでは夜が明けてから、お嬢様が朝食を終えられた後にでも挨拶にまいりましょう。まだ時間はありますから、それまで部屋でゆっくり休まれてください」

 どうやらウェスト卿は、レイラの呪いのことも、あの「本」についても、アメリアには何も話していないらしい。

 ここでのカインの収穫は、「レイラがミステリーやホラー小説に興味を持つようになったきっかけが、彼女が五歳の頃、つまり十年前にあった」ということだった。


(第十七話へ続く)


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