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【連載小説】「執事はバッドエンドを導かない」第六話

 その日の夜遅く、レイラは久しぶりに屋敷の中を一人で散歩した。普段はほとんどの時間を自室で過ごし、本棚にある小説や図鑑などの書物に読みふけっているが、今晩はゆっくりとベッドの中に入って読書をしている気分にはならなかった。

 屋敷に身内以外の人間がやって来るなんて何年振りだろう。年頃は同じ頃。愛想は良いとは言えないが、植物図鑑の絵をぱっと見ただけでどんな毒を持つ植物なのかを当ててしまった。頭の回転も悪くなさそうだ。
 レイラは、昼間にやって来た新しい執事のことを考えると、普段動いているのかさえ分からない心臓が久方ぶりに鼓動を打っているのを感じた。

 所々にランプの灯る薄暗く湿った廊下を「本」を片手に歩いていくと、壁には代々の屋敷の主やその家族が描かれた不気味な肖像画が並んでいる。肖像画の前には、金属製の鎧を身につけた騎士が彼らを護るように立ち並び、槍や剣を片手に握りしめながら今も臨戦態勢でその時が来るのを待っていた。

「ああ、なんて素敵な夜なのかしら」
 鎧の騎士と騎士の間を嬉々としてすり抜けると、彼らの冷たい表面を順番に撫でながら、うっとりと溜息をつく。

 左右を見渡せば、紀元前に東国でワインの輸送に用いられた陶器の壺、真夜中に吹けばコブラが地面を這ってやって来るという「蛇使いの笛」、古代のとある民族が腐らせた蛇の身体から調合したという特殊な毒の塗られた石鏃せきぞく、何百年も前に商店で売られていた妖しい色をした薬瓶。歩みを進めるほどに、謎に包まれた美術品や古物の数々がこの屋敷に溢れていたことを思い出させた。

 レイラは屋敷の中に漂う重苦しい濃霧のような空気を肺に取り込み、高ぶる気持ちを抑える。まだまだ散歩を続けたい気持ちもあったが、今夜はまだこれからやらなければならないことがあるのだ。


 部屋に戻ると、机上にハーブティーが用意されていた。甘い香りの薄い黄色の液体は、一酸化鉛の一種である密陀僧みつだそうを溶かしたように美しく、レイラは一滴残らず飲み込んだ。
 机の中央に広げたままであった図鑑を左右に押しのけると、手にしていた「本」を正面に置いて、椅子に深く腰掛ける。黒地の布が張られた「本」の表紙の上で、今日もわしからすの二羽の刺繍が鮮やかな色と姿を変えていないことを確かめるように指を滑らせた。

 レイラはカインが部屋に来たせいで書きかけになっていたページを開くと、万年筆に黒いインクを染み込ませて長い傍線を引いていく。そして、そこに新たに物語を綴り始めた。

「孤島の幽霊屋敷にやって来た新しい執事、カイン・ミラーという青年。出生は不明だが、鋭い目で洞察する力を持つ彼は、これから起こる恐ろしい出来事の気配を既に感じ取っていた……」

 独り言を呟きながら、万年筆のペン先をものすごい早さで進めていく。全てを書き終えた時、柱時計が深夜一時を報せた。

「これで事件は迷宮入りね」
 レイラは怪しげに微笑むと、睡魔とともに深い眠りについた。

※一部内容を修正しました(2024/5/10 23:55)。

(第七話へ続く)


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