【連載小説】「執事はバッドエンドを導かない」第五話(Ⅱ 始まる物語)
Ⅱ 始まる物語
ウェスト卿の一人娘、レイラ・ウェストの部屋は三階の西側にある。
おおよその場所を知らされたカインは、三階にある十を超える部屋の中からすぐに場所を探し当てた。
──コン、コン、コン、コン。
左手の背で扉を四回ノックするが、暫く待っても返事はない。
部屋の中に人の気配がするのは間違いない。カインは、もう一度ノックを繰り返した後、「お嬢様、扉を開けます。失礼いたします」と声を掛けてから扉を開けた。
部屋に入ると、正面の大きな窓の目の前に立派なアンティーク机が置かれており、黒いワンピースを着た小柄な少女が椅子に掛けていた。机上には開いたままの書物が何冊も並べられ、少女はその中の一冊を無言で選び取り、すぐにまた別の一冊に持ちかえては、調べたことを手元のノート、というには分厚すぎる「本」という方が妥当といえるものに文字を書き連ねている。
「……誰?」
カインに気づいた少女は、ようやく万年筆を走らせる手を止めた。少女が顔を上げると闇夜の色をした長いウェーブの髪が揺れ、睫毛の下に隠れていた二つの球の中で小さな星が瞬く。
「レイラお嬢様、はじめまして。本日からお嬢様専属の執事を仰せつかりました、カイン・ミラーと申します。今後はなんなりとお申し付けくださいませ」
「専属の執事……?」
カインは背筋から登頂までをまっすぐ保ったまま深々とお辞儀をしたが、 レイラは表情を変えずにカインの姿を少しの間眺めただけで、すぐに興味を失ったようだった。
「お父様の言いつけかもしれないけど、私にはそんなもの必要ないから帰っていいわ」
「そういうわけにはまいりません。遥々、この島までやってきたのです。お嬢様とは歳も近いようですし、御用聞きでも、話し相手でも、思うようにお使いくださいませ」
「話し相手なんていらないわ。私は今、執筆中で……」
「例えば、そこの図鑑にあります植物の話などいかがでしょう」
カインは机上に広がる書物の中から、レイラの左手の辺りに広げられた植物図鑑を指差す。
「お嬢様から見て右上にあります図は、『ラゴア』でございますね。鈴のような可愛らしい花をつけながら、花から葉、茎から根に至るまで強心作用のある強い毒を含み、人が間違って口にしてしまえば死に至る場合もございます」
「……あなた、草花に詳しいの?」
「詳しいと言えるほどではございませんが、自分の身を護る程度には」
「じゃあ、これは?」
積み上げた書物の山から別の図鑑を引き抜くと、レイラは鮮やかな色の花を指さしてカインに尋ねた。
「こちらは、『アンドレア』でございますね。現在は、美しい桃色の花を楽しむ観賞用の植物として親しまれておりますが、丈夫で硬い茎は狩りで獲物を捕らえるのに重宝された時代もありました。茎の毒性が判明すると狩りでの使用は禁止されるようになりましたが、今でも森の中では『アンドレア』の折れた茎でかすり傷を負った獣が倒れているということも珍しくないのだとか」
「花言葉は……」
「『用心せよ』、『注意せよ』。でございます」
カインが即答すると、「ふふふふ」とレイラは口元で微笑した。
「気に入ったわ」
「それは恐悦至極にございます」
「ねえ、あなたの名前は何といったかしら」
「私の名は、カイン・ミラー。どうぞ、お気軽に『カイン』とお呼びくださいませ」
「ねえ、カイン」
「何でしょう。お嬢様」
「もし、あなたが小説の主人公だったら、どんな最後を迎えたい?」
「そうですね……。どんな結末であったとしても死に際には美しくありたいものですが、まずは主人公らしく死ぬことにあらがう物語を目指しましょうか」
カインが微笑むと、レイラは新たな図鑑を求めて部屋を占める本棚の海へと軽い足どりで向かうのだった。
(第六話へ続く)
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