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【連載小説】「執事はバッドエンドを導かない」第四話

「……ところで、お嬢様はその『本』にはどんなことを書かれるのですか」
「あの子は、レイラはね、ミステリーやホラーの類の物語が好きなんだ。幼い頃から友達が一人もいないあの子の世界は、本棚に並ぶ物語の中にあった。だから、普段からこんな世界があったらと想像しては、自分の持つ『本』の中に物語を書き込んでいる。誰にでも、夢を見ることくらいあるだろう?」

「……これまでに、どんなことが実現したのでしょう」
「生まれてこの方、あの子は屋敷を出たことがないのだが、昔、あの子を世話した乳母や家庭教師が三人いてね。三人とも、ある日突然事故で亡くなってしまったのだが……、どうやら彼女たちを登場させた物語をあの子が書いていたようなんだ」

 カインは「まさか。ただの偶然だろう」と疑いの目をウェスト卿に向けるが、セオが「いやいや、嘘じゃないんですよー」と片手を左右に振りながら話しに割り込んできた。

「カインさん、旦那様は嘘をついてるわけでも、お嬢様のせいだと思い込んでるわけでもないんですよ。嘘のようで本当の話なんです。それは突然起こっちまうんですよ。こんな嵐の中のほぼ無人島に、あなたみたいな裏稼業の誰かが依頼もなく来るわけでもなし、オイラたち使用人の中で仲たがいがあったわけでもなし。ある日突然、誰かが死んじまったり、怪我をする事件が起こっちまうんです。オイラもこの屋敷に来たばかりの頃、銅像が勝手に倒れて人を押しつぶすところを見ましたよ」

 その時、カインは急速に何かが風を切っていく音を察知した。

──パシッ! 
 自身の左頬を掠めようとした瞬間に「何か」を片手で掴む。手を開くと、それは緑色の尾をつけたダーツの矢だった。

「一体、どこから……」
 カインが呟くと、セオが笑い出す。

「わははは。いやあ、今日の物語の主役はオイラだったようです。早速、執事さんに救われちまいましたなあ。ダーツの矢の先にカインさんがいなければ、オイラが射抜かれちまうところでした」

 セオはネルシャツの腕部分をたくし上げると、細身の胴体に比してたくましい上腕二頭筋に刻まれたいくつもの傷跡を見せ、「オイラは悪運だけは強いみたいで、何とか十年ここで生きてますわ」と付け加えた。

「そんなわけで、あの子がいつどんな物語を書いて、どう狙ってくるか分からない。娘の世話を任せるには、君のような『特別』な人間が必要なのだ」
 ウェスト卿は椅子から立ち上がると、カインの元へと歩き始める。

「……まずは、このお屋敷にいらっしゃるウェスト卿、そして、セオさんをお護りすればよろしいでしょうか」
 カインは主の前でひざまずき、顔を見上げる。ウェスト卿はカインと目を合わせてから、顔を横に振った。

「いや。まずは一度、娘に会ってやってくれ。きっと、新しい登場人物がやって来たと、喜んで物語を書き始めるだろう。あの子は、自分が書いた物語が実現していることなど微塵も知らない。一日経てば、書いた物語のことなどすっかり忘れてしまうのだ。どうか、自分の側を簡単には離れない人間がいることを、あの子に教えてやってくれないか」

「すると、私の初仕事は『私自身をお嬢様の狙いから護る』ということになりますね」

「ああ。今日から一週間を『執事試用期間』としよう。君が娘の専属の執事としてこの期間を終えることができたら、残りの報酬も君の会社に全額支払うことになっている。どうか、この屋敷で無事に生き抜いてくれ」

 カインはようやく、今回の契約報酬が桁違いに多い理由に得心した。

「かしこまりました。この仕事、必ず成し遂げてみせましょう。ぜひ、お嬢様に拝謁したく存じます」

 ウェスト卿へダーツの矢を差し出すと、ウェスト卿はカインの手をきつく握りしめた。


(第五話(Ⅱ 始まる物語)へ続く)


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