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【連載小説】「執事はバッドエンドを導かない」第八話

「ええ⁉ 朝から何かの冗談ですか? ほら、見てください。オイラは完食しちまいましたよ。作ってる間にも何度か味見しましたけど、身体はぴんぴんしてますわ」
 セオは空になった器の底を見せると、腕を曲げ伸ばししながら上腕二頭筋を上下させて健康な姿をアピールした。

「……」
 何かがおかしい。『ラゴア』がこれだけ入っていれば、葉を直接食べずとも常人であればスープを一口飲んで即死だ。ここまでセオの行動に怪しいところはなかったが、この皿の中身だけがいつの間にか手品のように差し替えられたというのか……?

 思案し始めたカインに、セオはこう切り出した。

「もしかして、あれですかねえ」
「『あれ』とは」
「ですから、お嬢様の『あれ』ですよ」
「と、言いますと」
「だから、始まったんじゃないですか? お嬢様による、あなたが主人公の物語が」

 セオのにっこりと微笑む顔を見ていると、昨日のレイラとの会話が思い起された。

『お嬢様から見て左上にあります図は、『ラゴア』でございますね。鈴のような可愛らしい姿の花を持ちながら、花から葉、茎から根に至るまで強心作用のある強い毒を含んでいます。人が間違って口にしてしまえば、死に至る場合もございます』
『……あなた、草花に詳しいの?』
『詳しいと言えるほどではございませんが、自分の身を護る程度には』

「……始まりは、突如として訪れるものなのですね」
「わははは。それはそうですよ。どんな小説だって、事件は突然起こるもんです。さあ、がんばってくださいね。カインさん!」
 セオは笑いながら、カインの肩を繰り返し叩く。カインはうっすらと笑みを返しながら、スープ以外の朝食を平らげた。

 午前七時。カインは執事の最初の仕事として、蔦模様が一面に彫金された銀製のプレートに朝食を乗せ、レイラの部屋まで届けた。

「おはようございます。レイラお嬢様」
 声を掛けると、彼女は「うーん」とベッドの中で小さく唸ってから、のろのろと起き上り始める。元々青白い顔に、今朝は薄紫色の隈まで浮かべていた。

「昨晩はよくお眠りになれませんでしたか。もしよろしければ、今夜は眠る前にハーブティーを用意いたしましょう」
 まだ眠そうなレイラに話しかけながら、カインはベッドのサイドテーブルに朝食を淀みなく並べていく。

 セオの用意した焼きたてのクロワッサンやスクランブルエッグからは、湯気と共に甘い香りが立ち上っていた。腹を空かせた人間ならば飛びつきそうなものだが、レイラはまだ片足をルームシューズに突っ掛けたところで、老舗デパート特注のクラムチャウダーが濃厚な香りを放っていても関心を示さない。

 レイラがやっと椅子に移ったところで、カインは白磁のティーポットと揃いのティーカップに紅茶を注ぎ、彼女の前に差し出した。レイラはすぐにカップの取手をつまむと一口啜る。

「お目覚めになりましたか」
「まだとても眠いわ……」
「昨晩は何をされていたのですか」
「そうね、何をしていたのかしら……。あまり覚えていないわ」
 寝ぼけまなこの彼女は、執事とはいえ歳の近い男が側にいても警戒することがない。ネグリジェ姿のまま、表紙に鳥の刺繍がされた『本』をテディベアのように抱きしめている。まるで、汚れを知らない幼い子どものようだ。

「なるほど。ウェスト卿が言っていた『一日経つと忘れてしまう』というのは、つまり、眠ると書いた物語を全て忘れてしまうということか。そして、彼女が抱えているのが例の『本』。この状態では、中身をすぐには確認できないか……」
 一瞬の内に考えを巡らせていると、クラムチャウダーをスプーンで掬ったレイラがこちらに視線を向けた。

「……ねえ、カイン。何か話をして」
「お話ですか」
「ええ。何か面白い話が聞きたいわ」
「そうですね……。では、昨日お話した『ラゴア』の話などはいかがでしょう」
「毒を持つ花の話ね」
 レイラの漆黒の瞳の中でちらっと星が光った。

「お嬢様は『ラゴア』の葉が『キロトビ』という香草とよく似た見た目であることは、既にご存じでしょう。どちらも比較的寒さに強い植物ですが、『キロトビ』は無毒で料理に使うこともできることから、雪解け後の高山では春を告げる『喜びの象徴』として知られています。しかし、『キロトビ』を楽しみにするあまり、稀に毒のある『ラゴア』の葉を間違って採取し、人が命の危険に晒されることもあるそうです。『ラゴア』は鈴のような愛らしい花を咲かせて人々に好まれますが、高山の村では『悪魔の誘惑』と呼ばれ恐れられているのです」

「『悪魔の誘惑』! 何て美しい響きなの⁉ 私も見てみたいわ! けれど、それは難しいことね。そんなに寒い地域の植物だったら、天気が荒れているわりに暖かいこの島の気候に合わないもの」

「ええ、そうですね。奇跡でも起きない限り、なかなか見ることはできないはずです」

「ああ、『ラゴア』の葉は、一体どんな味や香りがするのかしら。もし食べたら、どんな心地がするのかしら」

「そうですね。きっと多少の苦味と共に、甘い痺れを舌先から全身へと巡らせていくことでしょう」

「素敵ね。話を聞いていたら、物語が書きたくなってきたわ。ねえ、カイン。もし、あなたが小説の主人公だったら、どんな最後を迎えたい?」

「そうですね。昨日と今日は『植物の毒』についてお話しましたから、それ以外の方法にいたしましょうか。もし私が悪の登場人物ならば、神ジュピターから罰がくだるかもしれませんね。彼は雷をもって地上にめいを送りますから、雨天続きのこの島では、きっとジュピターも私の姿を見つけやすいことでしょう」

 カインがそう言い終えると、レイラは彼の背中を押して部屋から閉め出してしまう。部屋の中からは、ページをめくる紙の音が彼女の鼻歌と共に聞こえていた。


(第九話(Ⅲ セオという男)へ続く)


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