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【連載小説】「執事はバッドエンドを導かない」第九話(Ⅲ セオという男)

Ⅲ セオという男

 カインがここへ来て、三日目の午前九時。
 ウェスト卿は仕事のため本島へ向かうこととなった。カインはセオと共にあるじを見送るため、船の係留場所までやって来た。

「旦那様、お仕事とは存じますが、本当にこの天候で本島まで船で行かれるのですか」
 この日も朝から雨が降り続き、西からの強風で波は荒れている。カインはウェスト卿の頭上に傘を広げて、雨音にかき消されぬよう少し大きな声で尋ねた。

「大丈夫だよ。カイン君。天気はいつもこんな感じだし、この島の海域を抜けてしまえば波も落ち着いているからね。それに、船は最新のモーターエンジンで、操舵士のジリアンも頼りになるから安心しておくれ」

「はじめやして、新入りの執事さん。俺は、ジリアン。ご主人のことは俺に任してくださいや」

 本島から二十トンを超える船を運行させ、この島に一人で係留させた屈強な男が、カインの腕を振りながら握手する。ジリアンの笑った口元からは金歯の二本混じった白い前歯が覗き、窮屈そうな縞柄のティーシャツには腕を上下させる度に厚い胸板の形がはっきりと浮かび上がった。

「ジリアンは元海賊で、優秀な操舵士なんだよ。今日だって、ここまで無傷で来てくれたしね。頼もしいだろう。ふぉ、ふぉ、ふぉ」
 髪の分け目の反対側から風を受け、ウェスト卿は目元を前髪で隠したまま髭を揺らして笑う。

 ジリアンもまんざらでもないらしく、「まあ、これくらいの波、海賊時代の航海に比べたら、たいしたこっちゃありませんや」と自慢げに眩しい歯を見せた。

「旦那様―! そんなことどうでもいいから、早く出掛けてくださいよお! オイラたちはこれから屋敷の掃除したり、色々忙しいんですからー!」
 中々出発しない主人に痺れを切らしたセオが、カインの後ろからレインコート姿で叫ぶ。

「しょうがないなぁ。そろそろ出掛けるとしようかね」
 ウェスト卿はジリアンに合図をして、船に乗り込んだ。

「それじゃあ、帰りは四日後だから、あの子のことをよろしく頼むね。そうだカイン君、これを後で読んでおいておくれ。また生きて会えることを祈っているよ」
 ウェスト卿は髪の分け目の反対から風に吹かれたまま、封筒に入った手紙をカインに手渡した。

「かしこまりました。旦那様がお戻りになる日には、必ず迎えにまいります」
 嵐だというのにカインの銀色の前髪はさらりと靡く。島を離れる船の上で手を振り続けるウェスト卿に向かって、セオは腕を大きく振り返し、カインは長くお辞儀をしていた。

「さ、カインさん。オイラたちもさっさと屋敷に戻りましょう。今日は手分けして、骨董品の埃を片っ端から払っていきますからね。人手が増えたから、やっと大掃除できますわ」
 早朝に畑のあるビニールハウスで一仕事を終えたセオは、そのまま見送りに来たようで、先が三俣に分かれたすきを肩にかついでいる。船の姿が見えなくなると、さっと踵を返してカインに屋敷へ戻るよう催促をした。
 セオは、普段はおおらかでのんびりとした空気をかもしているが、広い館で多くの業務を一人でこなしてきただけあり、仕事となるときびきびとした働きを見せていた。身のこなしは、時々常人を越えることがある。

 屋敷で十年働いているセオという男は、一体何者なのだろう。
 まだここへ来て三日目だが、カインは時々セオに後をつけられていることに気づいていた。

 昨日から、小説のネタを求めるレイラが壁の陰からカインを観察し始めていたことは分かっていたが、彼女とは全く別の、もっと玄人のような尾行の気配も感じていた。
 カインの仕事は「お嬢様専属執事」であるが、レイラの食事や用事のある時以外はおおよそ部屋を追い出されており、屋敷の掃除や薪割り、時には破れたカーテンを繕うなど、セオがこれまで一人で行ってきた仕事を分担して行っている。カインは運動神経が良く、高いところであろうと狭いところであろうと問題なく業務を遂行できたため、セオは安心して「あれも、これも」と任せて自身は畑やキッチンへと向かっていった。

 しかし、暫くするとキッチンへ行ったはずのセオが必ず同じ階に潜んでいるのだ。カインがどこで仕事をしていても、視界には入らない場所でこそこそとこちらを見張っている。素人であれば気づかぬほどに気配を消しながら……。

「あの男は、俺を狙っているのではないか」
 カインはそう思っていた。

 昨日、朝食のスープが毒入りだと気づいた時、あの場ではセオにおかしな動きはなかった。目立った殺気も感じられなかった。だが、相手が同じ裏稼業の人間であるならば、全く別の話だ。動機は不明だが、それでも「物語が実現した」というよりは、セオの仕業と考えた方がよっぽど現実的だろう。

 そもそも、最初に目にしたレイラの「本」の物語では、セオが毒に当たってどうにかなることになっていた。それが実現しなかった段階で、もっと疑うべきだったのだ。

 もう少し様子を見てもよいが、主人が留守になった途端に本性を現す可能性もある。面倒なことを起こされる前に、カインはこちらから仕掛けることにした。


(第十話へ続く)


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