【連載小説】「執事はバッドエンドを導かない」第十話
「ところで、セオさん」
雨の中を先に行くセオの背中に声を掛ける。
「はい、なんでしょう?」
セオは返事をしたものの耳を傾けただけで、よほど早く屋敷に戻りたいのか歩む速度を緩めない。
「このお屋敷や旦那様の近くで働く者は、皆『特別な者』ばかりなのでしょうか」
カインが良く通る声でそう言うと、ようやくセオの足が止まった。
「『特別な者』、ですか?」
「先ほどお会いしたジリアンさんは『元海賊』の操舵士だと伺いました。私も現在は執事という名目ではありますが、これまで裏の仕事に長く携わってきました。もしかすると、セオさんも何かが『特別』なのではないかと思いまして」
「わははは。カインさんは面白いですなあ! こんなオイラを『特別』だなんて! この屋敷ではずーっと庭師、『その他諸々何でも係』ですよ」
セオは鼻先を触り、腹から笑い声を上げる。
「では、その前はいかがでしょう。この屋敷にいらして十年ということは、その頃はまだ十代半ば。どうしていらしたのですか」
カインの口調は柔和だが、切れ長の目はしっかりとセオを捕えている。その視線に、「まいったなあ」とセオは言葉を漏らした。
「オイラはこの通り田舎者で、高等教育を受けているようには見えませんもんねえ。こんなオイラの一体何を気にして……」
「昨日、セオさんは『キロトビ』を『故郷』で召し上がっていたとおっしゃっていました。『キロトビ』は、ウィリディス共和国にある一般的な山でも目にすることはありますが、『春になるとよくスープに入れて』という言葉から、そこは冬は雪深く、雪が解けた春に『キロトビ』が芽を出す地域、つまり高山地帯なのではないかと推察します」
セオの反応はなく、カインは言葉を続けた。
「温暖なこの国で、冬の間に雪嶺を望むことのできる高山といえば、北の隣国・ルーフス国に繋がるリュヒート山脈……。今から十三年前、ルーフス国では停戦中であった隣国との戦いが再び火蓋を切り、子どもたちは十分な教育を受けられる状況ではありませんでした。難民の多くは命からがら真冬のリュヒート山脈を越え、戦火の及ばぬウィリディス共和国の地を目指したとか。セオさんの発音には、僅かではありますが北の国の訛りを感じます。あなたは、この国の生まれではありませんね」
「いやあ、カインさんは、若いのに色んなことをよく知ってますなあ。まあ、隠していたわけじゃあないんですよ。カインさんお察しの通り、オイラはルーフス国の生まれです。リュヒート山脈にある小さな村で育ちましたが、あの戦争でとうとう村にいても危ないとなって、こちらの国に家族と一緒に流れ込んだんです。でも、あの頃はオイラたちと同じ考えの人らが国境付近に溢れ返っていて、とうとう家族とも分かれてしちまいまして。子ども一人じゃ中々生きていけなかったんで、それで泥棒を始めたんですわ。旦那様にはそれから三年ほど経って、隣国同士の戦争が終結した頃に拾ってもらったんですよ」
「……泥棒を」
「ええ。まだ歳は十三、四でしたけど。軽蔑しますか?」
「いいえ。私も長くこの世界におりますので」
「……それは、カインさんも大変でしたね」
「昔のことは、あまり憶えておりませんので」
「そうでしたか……」
「……その頃か。あんたが見たのは」
「ん? 何か言いましたか?」
カインが何かを呟いた気がして、セオは俯いていた顔を上げる。
すると、カインの顔つきが突然、別人のように豹変していることに気づいた。それまでうっすら浮かんでいた笑みが消え、カインの身体からは強烈な殺気が放たれている。
雨はさらに強さを増し、頭上で雷が唸り始めた。
「え、え? な、何ですか?」
「あなたが私を尾行し、見張っていること、気づかないとでもお思いでしたか。昨日の朝のスープも、毒を仕込んだのはあなただと考えた方が現実的です。今はまだこの仕事を辞めるわけにはまいりませんので、もし、あなたが私を狙っているのだとすれば……、返り討ちにせざるをえません」
じりじりと詰め寄るカインの迫力に、セオは鋤を持ったまま後ずさる。
「はあ⁉ ちょっと待ってくださいよ! 何の話ですか? 昨日のスープに毒草を入れたのは、オイラじゃありません! なんでカインさんの命をオイラが狙わなきゃなんないんですか!」
「その理由をきいているのは私の方です。言いたくないならば、それでも構いませんが……。始末はさせていただきます」
「待って! 待ってって! 何を勘違いしてるのか知らないですけど、別にカインさんを恨んだり狙ったりで、後をつけてたわけじゃないんですって!」
白い手袋を指に馴染むよう装着し直すカインに、セオは必死に訴える。
「全てはお嬢様のためなんです‼ ……わっ!」
セオが大きな石につまづき地面に倒れ込むと、カインはじりじりと詰め寄る足を止めた。
「……と、言いますと」
「だ、だって……、カインさん、お若いじゃないですか! お嬢様と歳も近いし、かっこいいし、何かあったらって心配になるじゃないですか! お嬢様は男のことなんて、ちっとも分かってないんです! 思春期の男が突然狼になるなんて全く知らない、生まれたての赤ちゃんみたいに純粋な人なんですー!」
「狼……? ああ、有名な殺し屋のことですか。私は『狼』ではありません。呼ばれたことがあるのは、『イーグル』か『アナグマ』ぐらいです」
「……へ? 本気で言ってます?」
「私は、冗談など言いません」
真顔で答えるカインに、セオはがくっと肩を落とした。
※2024.5.9(AM1:14)本文の内容を一部修正しました。
(第十一話へ続く)
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