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【連載小説】「執事はバッドエンドを導かない」第十一話

「ええっと……。まあ、いいですわ。とにかく、オイラはカインさんを何かの恨みで追いかけてたわけでも、命を狙ってるわけでもないんです。それだけは分かってください!」

 セオの必死の弁明に、ようやくカインは力を集中させていた指先を緩め、尻餅をついたままのセオに手を貸した。

「……とりあえず、後をつけていた理由は分かりました。私を殺し屋の『狼』と勘違いし、お嬢様の身に危険があるのではと、『心配』という感情からあのような行動をしたというわけですね」

「うーん。誤解が解けたのは嬉しいですけど、何だか色々ずれてる気が……。まあ、いっか……。でもね、カインさん。これだけは言わせてください。オイラは、裏稼業からは本当に足を洗ったんです。恩人である旦那様を悲しませるようなことは絶対にしたくないんですよ。だから、旦那様が頼りにしているあなたに毒を盛るなんて、ありえません!」

 目で無実を訴えかけるセオに、カインは昨日見たレイラの書いていた物語について話すことにした。

「……実は一昨日、初めて挨拶に伺った際、お嬢様はおそらく例の『本』に書き込まれているところで。そこには、セオさんが庭で間違って毒草を採取し、スープに混入させて苦しむ……という内容が書かれていました。もしお嬢様の書いた物語が実現するという話が本当だとすれば、危機に直面したのはセオさんのはずではないか。自らの犯行を隠すために『本』に書かれた内容だと示唆し、尾行しながら私を仕留めるチャンスを狙っていたのではないか、と疑いました」

「ああ、そういうことですか!」
「証拠もない中、失礼な話でしたが……」

「証拠なんて見つからなくて当然ですよ。お嬢様の考える物語は、いつも『動機』も『証拠』もない『迷宮入り事件』なんです。きっと、カインさんが見た物語は、後になってお嬢様が書き換えられたんじゃないですかね。カインさんがやって来たことが嬉しくて」

「書き換え……? そんなことができるのですか」
「だって、お嬢様の書かれているのは『日記』でも『新聞記事』でもなく、想像上の『物語』ですよ? オイラは実際に書いてるところを見たことはないですけど、ああいうのを書く人たちは気に入らなければ内容を書き直すとか、作り直すとか、色々あるんじゃないですか?」

 セオがそう言って笑いかけると、カインの後方の空に得体の知れないものを見つけた。

「ねえ、カインさん。あれ、なんでしょう? 雨天で見えづらいですけど、何か飛んでませんか? 鳥か、未確認飛行物体ですかね」
 セオの指さした方角を見ると、確かに小さな影が見える。どうやら、ものすごい速さでこちらに向かってきているようだ。

「あ、こっち来てますね」
「……セオさん、傘を持っていていただけますか。代わりに、こちらをお借りします」
 カインはさしていた傘をセオに渡すと、セオの担いでいた鋤を手に取り、謎の物体の見える方角へと素早く走っていった。

「ああ! カインさーん、危ないですよー! だんだん落ちて行ってますー!」
 背後からセオが叫んでいるが、雨音にかき消され、カインの耳には届かない。

「このあたりか」
 カインは音もなく立ち止まると、片膝をつき、身を低くして鋤を両手で構えた。一度深呼吸をすると、次の瞬間、地面を蹴り上げて自ら落下物へと突っ込んでいく。

 突然、「ガキーン!」と何かがぶつかる大きな音がしたかと思うと、すぐに「ギャギャギャギャッ」と金属同士が擦れる音が鳴り響き、空中にいくつもの火花が飛んだ。暫くすると音は止み、鋤を持ったカインが地上に舞い降りた。

「おおー‼」
 セオが声をあげながら駆け寄ると、カインの持つ鋤の先には二メートルを超える長さの鉄槍が挟まっていた。

「カインさん、ナイスキャッチです! それ、屋敷にある年代物の鎧が持ってた槍ですわ。実は、今朝から探してたんですよ。いやあ、折れなくてよかったあ!」
 鋤の三俣から鉄槍を外し、セオはそれを抱きかかえて喜んだ。どうやら、失くしてしまったことをウェスト卿にとがめられることを恐れていたらしい。

「ね、カインさん。これで信じてもらえましたか? お嬢様の『物語』で、オイラたちは中々ユニークな殺され方をしているんです。でも、オイラはお嬢様には殺されないと決めていますよ。それが命を救っていただいた旦那様への恩返しだと信じてるんです。こんな仕事も、中々面白いでしょ?」

「そうですね。誰かの命を護ることはあっても、誰かに命を狙われることはここ最近では珍しいことでしたので。新鮮ではありますね」

「良かった。あなたなら、楽しんでくれると思ってたんですよー!」
「それより、その槍を早く屋敷に持って入った方がいいでしょう。気をつけないと、雷が落ち……」

 空が白い光を放ったのと、雷鳴が島中に響き渡ったのは、ほぼ同時だった。

「今朝の雷は、とっても眩くて綺麗ね」
 レイラは部屋の窓から景色をうっとりと眺めながら、彼らの元に落ちた稲妻の形をゆっくりと指先でなぞっていった。


(第十二話(Ⅳ 彼女の命日)へ続く)


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