【連載小説】「執事はバッドエンドを導かない」第十二話(Ⅳ 彼女の命日)
Ⅳ 彼女の命日
カインが屋敷に来て、四日目を迎えた。
二日目は毒草スープ、三日目は空飛ぶ鉄槍+突然の落雷という厄災に見舞われたが、四日目はまだ目立った事件も起きず平穏な時間が流れている。
今朝は朝食に毒が入っていないことをセオに何度も念押しされ、食べ始めるまでに時間が掛かってしまったが、予定通り午前中の仕事を終えられそうだ。
小雨の降る中、カインが庭で草刈りをしていると、レイラは今日もカインの後を追いかけて物陰から様子を窺っていた。
「あれで隠れているつもりなのか……」
カインは気づかぬふりを続けているが、それも少々面倒に感じ始めている。脳裏に浮かぶのは、ウェスト卿から昨日渡された手紙のことだった。
『一.レイラ・ウェストから例の『本』を取り上げないこと。『本』の中を決して見ようとしないこと。
二.レイラ・ウェストの行動、創作活動を邪魔しないこと。
三.『本』に書いて起きた出来事を、レイラ・ウェストに知られないこと。
──以上、この屋敷の執事に必要な三か条が守られなかった場合には、大事な娘を危険に晒したとして、即刻契約解除、及び、その賠償として執事個人または所属会社に対し、契約金二百パーセントに相当する額を要求することとする。但し、レイラ・ウェストの命に関わる事態に至った場合は、この限りではない。
ジェイムズ・ウェスト』
一枚の便箋に記されていた、この屋敷の執事として守るべき「三か条」。
これは手紙というより契約書……、いや、脅迫状だ。
「カイン、お前もこの国から出たくなけりゃ、執事の仕事を逃すなよ。隣国同士の戦争が終わったなんて、表向きだ。俺らの会社が何で儲けているか、お前も分かってるだろう?」
一年前、それまで触れたこともなかった白磁食器の扱いを教わりながら、ジョーがそう言っていたのを思い出す。
──そう。まだこの仕事から離れるわけにはいかない。この屋敷からも……。
レイラが何か思いついて手元の「本」に書き込むと、暫くして草むらからまだら模様や茶色の蛇が数匹這い出てきた。蛇が襲いかかろうと飛びかかってきた瞬間、カインはさっと目にも留まらぬ速さでそれらをトングでつまみ、庭の片隅に置かれた謎の象形文字が刻まれた赤茶色の土器に回収する。
依頼主本人が留守にしているのだから、こんな条件を破ったところでばれはしまい。しかし、普段は穏やかでとぼけたところのあるウェスト卿であっても、裏稼業の人間に簡単に依頼ができてしまう者を決して侮ってはならないことを、カインは知っていた。
「カインさん、確かに仕事は大切ですけど、少し真面目過ぎるんですよ。ちょっとは他人も信用しなきゃ、学ぶべきことも学べませんよ。全部一人でこなすとなると、疲れちまうでしょう」
セオにそう言われたのは、キッチンで軽食をとっていた昼のこと。一体何のことを言われているのか皆目分からず「私の仕事は、一人で行う仕事ですので」と返すと、セオは「うーん」と唸った。
「オイラの仕事も一人でやる、そんなところもあります。だけど、ほら、仕事に限らず、たまには周りの人間に相談したり、手伝ってほしいと頼んでもいいんですよ。一人より二人の方がいいこともあるでしょう?」
「私は、大方の仕事を一人で時間内に終わらせることができますので」
「わははは。確かに、そうですな。カインさんの仕事は超速ですもんね。でも、何というか、せっかく一緒に働いているんだから、たまには頼ってもらえると嬉しいって話です。一応、オイラの方がお兄さんですしね」
「はあ」
「カインさんと知り合ってまだ三日ですけど、でもね、オイラはカインさんのことを信用しているんです。もう二度、いや、三度、オイラはカインさんに命を救われてますし。きっと小さな頃から厳しい世界で生きてきたんだと思うけど、恨みや憎しみの気持ちからそんな世界にいたんじゃないと思ってるんですよ」
「……」
セオがなぜこんなことを言ってくるのか、カインは理解できない。
相手に「信用している」などと軽々しく口にするのは、相手を油断させるために決まっている。ずっとそう心に留めてきたからだ。
「あ、でも、そんなカインさんだからこそ、お嬢様が気に入られたのかもしれませんね」
「……と、言いますと」
「実は、オイラは昔、お嬢様のお世話しようとお手伝い代わりみたいなことを申し出たことがあるんですよ。だけど、速攻で嫌われちまいまして。あんな風に追いかけまわしてもらえるなんて、羨ましい限りですわ」
「今は、物珍しいだけだと思われますが」
「いえいえ。オイラはもう十年ここにいますからね。その辺はカインさんよりも分かってるつもりですよ。お嬢様は知っているんです。オイラみたいに簡単に相手のことを信用する人間よりも、簡単に信用しない人間の方が信頼できるって」
「身を護るための最も有効な術は一人でいることだ」と考えるカインにとって、セオの言葉はやはり理解できないものだった。
しかし、セオはいつも無邪気な笑顔と笑い声でどんな不運も吹き払ってしまう。それは極めて危険な怠惰と言えるが、レイラの「物語」の中で無事に生きて来られた理由もまた、そこにあるように思えた。
(第十三話へ続く)
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