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ありのままでいることは難しい。だけど…(せやま南天さん『クリームイエローの海と春キャベツのある家』に触れて)

「ありのまま」と聞くと、どんな状態を想像するだろう。
あるがまま、自分らしく、自由に、のびのびと……。
人によって異なるとは思うが、そんな感じのイメージだろうか。

私は最近、「ありのまま」というものにとても悩んでいる。
資格試験のために傾聴の練習(1対1での面談ロールプレイング)に参加しているのだが、
いつもフィードバックタイムに指摘されるのはこんなことだ。

「自己一致して話を聴いていない」
「次に何をクライアントに質問するか、頭で考えているのが分かる」
「真面目な性格のせいで型にはまりすぎ」

毎回いただく言葉は、
「ありのままでいて、思い浮かぶ疑問を素直に聞いていけばいいんだよ」
と、まとめて言うとそんな感じのものだった。

正直なところ、色々なアプローチを試してはいるが、
「ありのまま」の意味も、頭を使わず質問する方法も掴めていない。
最近は、「この資格、向いていないんじゃ……」とさえ思い始めていた。


そんな時、本屋で手に取り開いたのが、こちらの小説だった。


note創作大賞2023にて「朝日新聞出版賞」(お仕事部門)を受賞された
せやま南天さん『クリームイエローの海と春キャベツのある家』

刊行されてひと月ほど。ようやく先日、読了することができた。

とても優しくて読みやすい文章、そして、先の気になる展開。
つい手を止めることができず、少し時間のできた朝に一気に読んでしまった(二度目はじっくり読もう。)。


この作品は、家事代行の仕事を始めて3か月の永井津麦が、
「洗濯物(クリームイエロー)の海」の広がる織野家で様々な困難にぶつかりながらも、織野家の子供たちや会社の相談員・安富さんらと関わっていく中で、自分自身の生き方や仕事について気づきを得ていく物語。
(ネタバレしないよう、あらすじはこの辺りで留めておこうと思う。)

物語は、何かがいきなり急展開を迎える、というものではなく、
ゆっくりと、日常は日常として、とても丁寧に描かれている。

中でも、主人公・津麦のこの台詞を見つけた時に、思わずページをめくる手を止めてしまった。

「私、向いてないんだなって思ったんです。この仕事」

せやま南天『クリームイエローの海と春キャベツのある家』,
朝日新聞出版,2024年,94頁


何だか、この瞬間に津麦の心境や様々な葛藤が他人事ではない気がしまう。
「あなたは、この困難にどう向き合っていくの?」と、思わず尋ねたくなってしまったのだ。

ここでは詳しいことに触れずにおくが、
津麦の姿勢は「寄り添い」だった。

ヒーローが現れたり、思いがけない奇跡が起きてハッピーエンド! という物語もあるが、この小説の主人公・津麦は、一歩一歩、歩んでいく。
できることから挑戦し、小さな積み重ねが
やがて変われずにいた人の心を動かし、
穏やかな波を広げていくものだった。


私は津麦の姿に、そして、織野家の子どもたちや近しい人たちの姿に触れて、いつの間にかゆったりと息をし、肩からふっと力が抜けていることに気がついた。

物語の中で起こる変化は、とても穏やかだけれど、
何だか「そのこと」にとても安心したのだ。

津麦の心の変化の過程を見守りながら、過去の出来事に囚われていた彼女が「ありのまま」に近づいた姿が、とても嬉しかった。


津麦、そして、『クリームイエローの海と春キャベツのある家』という物語と出会えたことで、

「どうやら、すごく緊張していたらしい」
「思っていたよりも、心を張り詰めていたらしい」

ということに私は気づくことができた。


いつの間にか、「まだまだ足りない」に心が浸食されて、自分で自分を苦しめていた。
分かりやすい答えを求めすぎてしまうことは、時々、果てしない迷路の帰り道を分からなくさせてしまうのかもしれない。

私は未だ「ありのまま」というのが何であるのか、はっきりとは分からないし、
「ありのまま」でいられる自分の姿もいまいち想像できていない。

けれど、一歩ずつ。一歩ずつ。

丁寧な積み重ねが「何か」を変えてくれるきっかけになることを、津麦が教えてくれた。

私にとっての「春キャベツ」(この意味は、ぜひ本書で!)は何だろう。
まずは、冷蔵庫を開いて。
自分の直感をたよりに「ときめく」気持ちを探しに行こうと思う。



今回も、ちょっと偉そうな感想文になってしまいました🙇

「です・ます」で書こうとすると、どうも「書きたいことが書けない症候群」が発動してしまう……(汗)。

けれど、『クリームイエローの海と春キャベツのある家』は、本当に今読むことができてよかった小説です。

素敵な作品と出会えたことに、心から感謝しています💓

余談ですが……、

「津麦」という名前から、私は「広大な麦畑」をイメージしました。
織野家にある「クリームイエローの海(波)」と繋がるものを感じ、
何だか津麦がこの家にやって来たことは偶然でないような気がするのです。

読後には、どこか金色を帯びた輝く波が、未来に向かって果てしなく広がっていくような、そんな希望の光が印象として残りました。

そういえば、キャベツも一枚一枚で成り立っている野菜ですね。



※ヘッダーの画像は、メリカナデシコさんの作品をお借りしました。


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