【連載小説】「執事はバッドエンドを導かない」第十四話
*
『むかしむかし、一羽の烏がおりました。
群れの中で一番大きな趾を持つ烏は、羽を怪我した母烏の代りに、病気になった老烏のためにとエサを求めて飛び回ります。
ある日、烏は草原を歩く子羊を一匹さらって、家へ帰ろうとしていました。
『ねえ、ねえ、烏さん。なぜ僕を連れて帰るの』
子羊は背中をつかまれたまま、空を飛ぶ烏に尋ねます。
『悪いわね。私の仲間がお腹を空かせて待っているのよ』
『それはおかしいよ。なぜ烏だけが僕らを食べようとするの? 鷲たちは羊なんて絶対に食べないのに』
『そんなはずがあるわけないよ。鷲たちだって食べないと生きていけないのだから』
『でも、僕の知っている鷲の親分は大きなダイヤモンドを持っているんだ。だから、羊を捕まえなくてもご馳走ばかり食べていられるんだよ』
『その親分はどこに住んでいるんだい?』
『ほら、あそこだよ。森で一番高いモミの木の上に巣が見えるでしょう?』
子羊の示したところには、確かに鷲の巣がありました。鷲は留守でしたが、巣の中にひときわ大きな宝石が輝いています。
『ふうむ。確かに、あの宝石があれば贅沢ができそうだね。お前はここで待っているんだ。決して逃げてはいけないよ』
烏はそう言って、モミの木の下に子羊を降ろすと、木のてっぺん目をがけて飛んで行きました。
『この宝石があれば、きっとみんなが幸せになれる』
烏は巣の中で輝くかたまりを、大きな趾でしっかりと掴みました。
ところが、どういうことでしょう。掴んだ宝石がどんどん重さを増していくではありませんか。烏はこらえきれなくなって宝石を離そうとしましたが、宝石は趾にぴったりくっついたまま離れません。
やがて地面に打ち付けられた烏は、両方の羽が折れ、宝石もその場で粉々に砕けてしまいました。
そこに鷲がやって来て、子羊の背中に降り立ちました。
『探したぜ。群れから離れてなぜこんなところにいる』
『この烏にさらわれたからだよ。でも、懲らしめてやったんだ』
『そうか。では、早く主人の元に一緒に帰ろう。この烏は私が連れていくから』
子羊と鷲は人間の主人の元に帰ると、ことのなりゆきを話しました。
人間の主人は、『わるいやつだ』といって烏の趾を切り落としてしまいます。
二度と悪い烏が近づかぬよう、その趾は家の屋根のてっぺんに縛りつけられました。
それを見ていた烏の仲間たちは、一晩中泣いていました。』
*
「これは、童話……か」
その時、はらりと小さな紙が滑り落ち、カインはそれを空中で挟み取る。
四つ折りにされた随分古い紙の切れ端には、詩が綴られていた。
『闇は希望 悪夢は道標
光は絶望 吉夢は偽り』
暫くすると、空気に耐えきれなくなったように、切れ端は紫煙となって空へ昇った。
『おにいちゃん、えほんをよんで。『しらゆきひめ』がいい』
子どもの声がする方へ振り返ると、幼い少女が本棚に走り寄り、目当ての本を探している。
いつの間にか、部屋には絵画の中にいた女たちが現れ、それぞれおしゃべりをして、くるくると回りながらドレスを泳がせダンスを楽しんでいた。
女たちの中から一人、こちらに近づいてくる。レイラによく似た長い黒髪の女だ。
『大丈夫。小さなお嬢さんもちゃんと連れて行くわ。だから、私の大事なあの子のことをお願い。あなたの願いは、いつかきっと叶う日が来るわ』
「……あんたは、俺のことを知っているのか?」
女はカインの肩に手を添えて額にキスをすると、何も答えないまま全ての亡霊とともに姿を消した。
──そうだ。あの子は、いつも俺の後を追いかけていた。本を買ってやれず、いつも物語を想像していた。今は名前も思い出せぬ、幼い頃を一緒に過ごした唯一の──。
数時間後、汚れをすっかり取り除くと、カンヴァスに描かれていた女の顔がようやく露わになる。
それは、先ほど出会った亡霊の女だった。名は、エステラ・ウェスト。レイラの母親だ。青みを帯びた白磁のような肌、そして、闇夜と同じ色をした大きな瞳と長い黒髪は、レイラのそれと全く同じものだった。
最後に絵画の右端を布で拭うと、彼女の生まれた日付と亡くなった日付が現れる。
「そうでしたか。あなたも、本日がご命日で」
彼女の最後の日は、十五年前の今日だった。
(第十五話へ続く)
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