みなとせ はる(小説🖊)
『ディスタンス―距離―』
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『ディスタンス―距離―』

みなとせ はる(小説🖊)

生まれる前、私は母の中にいた。

生まれてから、父と母は私の手を握り、私たちは繋がっていた。

外の世界が、不思議で満たされていると知ると、私は両親の手を離し、外の世界へ腕を伸ばした。
それでも、二人と手を繋ぎたくて、二人を探した。


弟が生まれる前、私は祖母に預けられた。
いつも、祖母が手を繋いでいてくれた。

弟が生まれると、私の手はクレヨンを握っていることが増えた。
一人でできることが、えらいのだと知った。


小学生になると、学校に行き、習い事も始まった。
テストの点数や結果で、自分の価値が決められるようになった。
家族旅行は、行き先を告げられず、ただ車に乗せられるものだった。


中学生になると、更に成果・結果が求められた。
父も母も、仕事と住宅ローンのことで頭がいっぱい。
二人は、子どものお弁当はコンビニエンスストアに、勉強は塾に、アウトソーシングするようになった。
母は、仕事をする自分が大好きだった。


高校に合格すると、これ位のレベルの子というレッテルが貼られた。
家事は、子どもがやることに決まった。
私は今、一人で食事することが、当たり前になっている。


小さな頃に繋がれていた手は、繋がれることはなくなった。
両親は、支配的な言葉で征服すると、「善良な子」を求めた。
親子の繋がりは、既成事実で作られてきた。
親であり、子であることは、社会的に判断されるであろうチェックリストが満たされていれば、それが「合格」なのだ。

私の行き先は、用意されていて、いつの間にかそこに居る。
本来、どうやってそこまで辿り着くのか、
思考や経験のないまま、運ばれている。

家族と私は、手を繋ぐことのできない距離にある。
私が叫ぼうとも、チェックリストにない項目は、彼らの耳に届かない。


ゆくゆく、私には限界が来るだろう。
大人になれば、社会は自分で泳げ、出来て当たり前と言われる世界。

しかし、私は泳ぎ方を学ばなかった。
感情も、概ね放棄してしまった。
そのツケを、払わねばならない時は、きっと来る。


私と家族との距離は、私の学校生活にも、少なからず影響を与えている。

クラスメイトと話はするが、
表面的な会話を終えてしまうと、何を話して良いのかが分からない。
周りの女の子達は、結果を共有することだけではなく、過程を共有することで、仲を深めているようだ。


「ねぇ、瀬川さん、吹奏楽に興味ない?」
クラスメイトの恵梨が、話しかけてきた。

「フルート習ってるよね。ずっと話、聞いてみたかったんだ。良かったら、一緒に吹奏楽部、入ろうよ。」
恵梨は、明るい笑顔で手を差し出した。


手を差し出されるなんて、いつ振りだろう。
こんなに、まっすぐな瞳で見つめられたのも、こんなに、人の声が近くに聞こえたのも。


その手を取れば、私は変われる?
あなたを信じれば、あなたは手を繋いでくれるのかな。

私はきっと、泳ぎ方が分からない。
部活の子達と、うまくやっていけるかどうか、分からない。

でも、もしあなたが手を差し出してくれるのなら、何とか息をしながら進めるかもしれない。

私は、恵梨の手を握り返せなかった。
それでも、「見学だけなら‥。」と、小さく答えた。



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