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『夏の終わりに思い出すのは君のこと。』(2)

ビーチサンダルを脱ぎ、裸足でベンチに体育座りをする。

描くのは、ここから見上げた、クヌギの木のあるの風景。


私は、膝の上にスケッチブックを抱えるように持ち、
ベンチの空いたスペースに、色鉛筆のケースを広げた。


青色の色鉛筆を手に取り、木の輪郭を書き始める。
木だからといって、茶色で書き始める必要はない。
今年の私の夏は、涼しいこの場所。
だから、青色がいい。


私は、クヌギの木の肌のゴツゴツした感じを、描きたいと思った。

見上げた木の幹や枝葉を、もっと近くで見ているように想像してみる。


クヌギの幹は、とてもどっしりしている。
幹を覆う分厚い皮は、太い筋を作るように盛りあがって、時々緑色の苔が生えている。
その様は、まるで強く波打つ動脈のようだ。

枝に向かうにつれ、その筋は細くなるが、
それは体の隅々にまで血液を送っている静脈のよう。


私は、無我夢中で書き続けた。
はだ色に黒、緑色に白、まるで生き物を描いているような気持ちで、色を乗せていた。



ふと、見続けていたはずの木の幹に、蝉が止まっていることに気が付いた。

周りの蝉の声に紛れて、すぐそこにいることに気が付かなかった。


ゴツゴツとした動脈に、しっかりとしがみついている蝉。
私は、描こうと試みる。

しかし、いざ描こうとすると、
想像で補っても、蝉を描くことができない。

私は、元々虫が苦手で、蝉をじっくり見たことがなかったのだ。


分からないほど、描きたいという気持ちが勝ってしまう。
私は、ベンチの上に立ち上がると、より近くで見ようと背伸びをした。


しかし、そこから手を伸ばしても、まったく届きそうにないほど、距離は遠かった。

そこに見えているのに、実体に触れられない。そんなもどかしさに遊ばれている人間をよそに、
蝉は「ミーン ミン ミン ミン ミー‥」と命を謳歌している。



その時、背後から
「何してんの?」と、声がした。

振り返ると、
同じ年頃の男の子が、不思議そうにしながら立っていた。


(つづく)

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