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僕の小規模な退職 その8

週末。
明日は休みだ。
これが最後の週末だ。

なぜだろう。
もうじき毎日が休みの日々になるというのに、やはり週末は嬉しい。
1週間勤務したからご褒美の様な気分がするのだろうか。
それとも習慣化された1週間のサイクルが、自分の体内時計的な何かしらの脳の働きによって喜びの指令でも出しているのだろうか。

最終出社日を迎えたらどうなるのだろう。
それでもやはり週末になるとウキウキするのだろうか。
とはいえ毎日休み。
月曜になっても出勤しなくても良いと思ったら日曜の夜からウキウキするのだろうか。
火曜も休み、水曜も休み、木曜も…。
毎日「明日は休みだ」とウキウキするのだろうか。

否、そんなわけ無い。
最初の頃は「毎日休みだ―」とはしゃぐかもしれない。だが暫くしたら虚しくなってくるはずだ。
「何してんだろう。」
そう思うはずだ。
「何かしなくては」「早く働かなくては」
といった焦る気持ちが芽生えてくるはずだ。

過去に経験がある。
20代の頃だ。
就職に何度も失敗(?)し何度も求職した。
あの頃は「毎日休みだ」なんて晴れた気分にはなれなかった。
「何やってんだろう…」
「何も出来ないんだ…」
「何やってもうまくいかない…」
と悲観し不安な日々だった。
普通に働いている友人や同級生と比較し劣等感も抱いた。

だから次は踏ん張ろうと今の会社に入社したのだ。
(それが失敗のはじまりだったのか?)

今になって思えば、その前に勤めていた会社の方が環境は良かった。
週休2日だったし、フレックス制度も整っていたので退社時間が遅くなれば出社時間を遅らせる事もできた。
それでも若い自分には常態化した長時間労働や、自身の待遇に不満を感じ「もっと自分には他の可能性があるはずだ」などと愚かにもその会社を辞めてしまった。

その後、別の職種を経験するもすぐに挫折。
結局元と同じ職種の会社を探す事になる。
それで入社したのが今の会社だ。

だが、労務環境は以前の会社よりも悪化する。
当時、週休2日は月に1度だけ。
結局、長時間労働。
しかも朝は8時半出社が義務付けられる。
深夜に帰宅しても睡眠時間2〜3時間で出勤の日々。
諸先輩方の自慢話も何日間徹夜しただの休日返上で仕事しただの、そんな話ばかり。
「自分には可能性がある」とか「俺だって(やれるさ)」などと考えていた20代の自分は愚かにも憧れてしまい「これくらい出来て当たり前だ」と劣悪な労務環境に身を投じていた。
(これが失敗の始まりだったかもしれない。)

気が付かなかいうちにすっかり「モンスター」になってしまった自分。
そのまま30代になり役職も上がると「モンスター」に拍車がかかり、たくさんの人を傷つけてしまったと思う。とても反省する。
そのくらいにイヤな奴だったろうし恥ずかしい人間で愚か者だったと思う。

「あなたらしく生きてね」
その当時言われた。

その時はよく理解できなかった。
俺らしくってなんだ?
自分は自分。何も変わっていないはず。
今の自分は俺らしく無いってこと?

今になって理解する。
あの時の自分は自分であって自分では無かった。
自分の中で描いた誰かをトレースをするかのように、自分の中で決めてしまった自分像を追い続けてがんじがらめになっていのだろう。

これ以上苦しむ必要は無いし、自分を嫌いになる必要も無い。本当は苦手なのだ。不得手なのだ。人に命令したりすることは。
それが本来の自分のはずだ。

明日は休み。
その後迎える長い週末。
はしゃぐ事無く。
悲観や不安を抱える事無く。
もう一度自分自身と向き合う時間を取ってみたい。

44歳。推定無職。ごめんなさい。


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