永遠のゆく先へ #4「まちがいさがし」

「サ◯ゼリヤじゃねーか!」

公園の森の中で、マリは例の謎の少女の手に触れた。するとまた辺りが光り出して、もといた場所とは大きく違うところに飛んできた。そこは、どこからどう見ても、あの高校生に優しいファミレスそのものだった。4人はその中の一角にあるテーブルにいつの間にか着いていた。カナタとリカが隣、マリと空からの少女が向かい合っていた。

「でも、誰もいないね。この時間なら結構人入ってるはずだけど」
カナタが店内を見回してそう言った。
「……もしかして、異空間かな」マリが呟く。被せるように、リカが言った。
「おい、またおかしなことをしたな。……この前の要領で帰れるんなら、さっさと帰してくれ……」
「それが、力が発揮できなくて……」と少女。
「……」リカは呆れ顔でつぶやく。「……ああ悪かったよ。そんなことできるわけないのにな」

暖かい店内で、4人はくつろいでいた。
「そういえば、もうすっかり元気になったね」
カナタが少女を見て言う。「でも、病院行っといたほうがいいんじゃない?」
「私なら、大丈夫ですよ」
「……」
「そういや昨日の特番見た? 超面白かったんだけど」カナタが切り出す。
「……テレビとかあんま見ないんだよね」とリカ。
「あっ、そう……」とカナタ。
「……」

気まずい空気が流れる。よく考えたら、4人みんなほぼ初対面なのだ。それに同年代の少女たちとはいえ、属性がかなり違うので、会話が弾むはずもない。特にマリはそういう場が一番苦手だ。

「こ、この店、メニューってどうなってるのかなー」
カナタはぎこちない口調でメニューをつかむ。すると、何か違和感に気づいたようだった。
「そういえば、ここ間違い探しないんだね。いつもやってるのに」
サ◯ゼの間違い探しといえば、尋常じゃなく難しいことに定評があるアレだ。それがこの店にはないというのである。

「間違い探しをご所望ですか」
するとそこに、サ◯ゼの制服を着た、奇妙な青緑色の生物がやってきた。
「うわっ!」全員がそれを見て驚く。高さは2mくらいあるだろうか。表面は粘土のように見える。
「は、はい……」
カナタが目を丸くしながらも答えると、店員は持っていた紙をそっと彼女に手渡した。
「ご注文がお決まりでしたら、そちらのベルを鳴らしてください」

それが店の奥へと消えていくのを全員で見届けた。正確に言うと、リカは目を塞いでいたので3人だが。
「見えてる物はさすがに本当なんじゃないのー?」とカナタ。
「……見えるもの全てが真実とは限らない……」
リカは相変わらずこんな調子だった。カナタは今しがた渡された間違い探しに目を通す。

そこには、間違い探しの絵は描かれていなかった。代わりに、「席の壁にある巨大な鏡を見るように」との指示があった。壁を見ると、床から天井ほどの高さがある、光り輝く鏡があった。
「こんな鏡あったっけ?」
カナタが言うように、さっきまでなかった鏡がいつの間にか出現したようにマリには見えた。一方で、最初からあったような気もした。

4人が鏡を覗き込むと、そこには4人がいた。「映っていた」のではない。「いた」のだ。
「鏡が違う動きしてる!」
カナタは大げさに腕をふって、鏡を確認する。鏡像は、こちらの動きと連動していなかった。まるで、鏡の向こうにこちらとそっくりの別の世界があるかのように。服装や顔などがまるで同じ4人がいるかのように。向こうはこちらに気づいていない様子だった。

「これが……間違い探し……ってこと?」とマリ。
「間違い探しも何も、ここにあるすべてが間違いでしかないだろ……」
リカが当てつけのように言うと、「向こうの」リカはとぼけるような顔をした。
「あー、ムカつくなぁ」

すると鏡の向こう側にさっきの店員が現れ、向こうの4人が注文を始めた。そういえば忘れていた、と、対抗するようにこちら側も店員を呼びつける。

「ね、向こうの私たち何注文するかな」とカナタ。
「そんなこと考えんでいいから早く決めろよ」とリカ。
「うーん、じゃ、ドリアで!」定番をいくカナタ。
「私はペペロンチーノで」とリカ。
恐らくどの料理も知らないであろう少女は、メニューを見て頭を抱えていた。
「じゃ、私もそのドリア? ってやつにしますね」
「マリりんは?」カナタが尋ねる。
ドリア。それ以外の答えが浮かばない。けれどもマリは気になっていた。「ガーリック焼きエスカルゴ」が……!
向こうの自分が何を注文したのか、無性に気になった。いや、鏡だから同じなのか?
すると、向こう側の世界で店員がやってきて、早速マリの席に料理を置いた。その料理とは……。
「チキンサラダ……」
マリは真っ赤になって机に伏せた。まさか自分自身にイジられるとは。
「マリりん、注文どうす……」
「ドリアでお願いします」


『自己紹介しよーっ!』
急にカナタが大声を出したので、マリはビクッとした。
「何だよいきなり。さっきしただろ」
リカが突っ込んだ。だが当のカナタはぽかんとしている。
「あたし今何か言った?」カナタが自分の鼻を指さしながら言った。
「いや、お前……」
「あ、皆さん、鏡を見てください!」
少女が鏡を指差した。そこでは向こうの世界のカナタが立ち上がり、高らかに宣言している様子が見えた。
『あたしは福井佳奈多。カナタって呼んでくだい!』
「本物よりうるさいな……」リカがぼやく。
「ちょっと! 本物もうるさいみたいに言わないでくれる」
『高校2年生です! 保育士になるために必死に勉強してます!』
「こっちの世界のあたしと同じなんだ。まあ当たり前か」
『コンビニでバイトしてて、今は一人暮らしをしてます!』
「……あれ?」
「一人暮らし……すごい」とマリ。
『趣味は……ランニングと、ファッションと、あと、石拾い、かな』
「石拾い……!?」リカが驚く。
『公園とか河川敷とか言って拾うんだ。楽しいよ』

『さてここで問題です!』
急に向こうのカナタが、こちらを向いて叫んだ。
『今の紹介の中に、一つだけ嘘があります! それはどれでしょう?』

ぽかんとする4人。間違い探しって、そういう!?
答えを知っているので何も言えないカナタ。物事を何も知らないので答えられない少女。目の前のことを信じないリカ。もとから無口なマリ。
リカが仕方なく答える。
「誰も答えないのかよ……やっぱり、石拾いじゃないか? 普通に考えて」
『正解は……』異常に短いシンキングタイムが終わった。
『自分で発表してください!』
何故かそこだけセルフサービス。そこで、カナタは言った。
「正解は、一人暮らし、でしたー! 本当はお父さんとお母さん、おばあちゃんの4人家族でーす!」
「え……じゃあ石拾いは本当なのか……?」あっけにとられるリカ。
「本当だよ!」こちら側のカナタが言った。「宝石とかも好きだけど、その辺に転がってる石の方がもっと好き。石って、同じ形のものは1つもないでしょ?」
マリは、かつてリカが同じようなことを言っていたのを思い出した。
「放っておいたらその形はこの世からなくなっちゃう。だから集めて保存してるんだ」
カナタの言葉は、趣味を語るときのワクワク感の中に、何か憂いがこもっているようにも感じられた。

『次は私だ!』
若干裏返り気味の、やけに威勢のいい声で叫んだのは、向こう側のリカだった。
「おい、私の見た目ではしゃぐな」
『私は湯川梨花。科学が好きで、天体観測したり、昆虫とか集めたりしてる』
昆虫採集。小学生の男の子がやるものだと勝手に思っていたが。あるいはこれが嘘なのか? マリはそう思った。
『父さんは高校の非常勤で地学を教えてて、研究者でもある。将来は研究者になって、世界的な発見をしたい。あとえっと……バイクが好き』
「急に雑だな!」鏡の向こうの自分に突っ込むリカ。その反応で答えが分かってしまう。
「バイク!」カナタが威勢よく答える。「はいはい正解正解……」

『次は私……』向こうの世界のマリがそっと手を挙げる。なぜかこちら側のマリが少し緊張した。
『えっと……利根川真理……です……。趣味とかは……あ……特にないです……』
こちらも向こうも含めて、全員が沈黙する。中腰で立ちながら落ち着きなく揺れて、常に下を向きながらぼそぼそ喋っている。自分って「こんな」なの!? こちらのマリはいたたまれなくなって目をそらした。
『ハハ……ああ……そうだ、江平東高校の2年生です……』
「江平東……?」
高校の名前にピンときたリカ。「それに利根川って……まさかお前……」
彼女がマリを睨みつける。まさか、過去に因縁が……? 必死に記憶を探る。が、何も思い出せない。
「東高で噂の遅刻魔、利根川じゃねぇか!!」
え。
『遅刻をしたことがないのが自慢です』向こうのマリが鼻高々に言う。
「え!? ふたり、同高!?」
驚くカナタと困惑する少女。
「そうみたいだな。いや、噂になってたんだよ」とリカ。
このときマリには、2つの異なる事実が頭をぐるぐる回っていた。こんなに頭が良さそうなリカと同じ高校であったということ。そして、学校中で自分のことが噂になってること。
「えっと……そ、それはどこで聞いたの……?」マリは真っ赤になりながら尋ねた。
「どこでも何も、東高ならみんな知ってると思うぞ。噂話とか疎い私が知ってるんだから相当だ」
「……!!!」マリは思わず机に突っ伏した。
「えーそんな事あるんだね! 同じ高校にいながら2年くらい知り合わなかったって……まあそんなもんか」
カナタはちょっと物憂げな顔をして言った。「でも、江平東ってすごいね。あたしのとこなんか底辺だよ。頭いいんだね」
「そう短絡的に評価されても困るが……」

ここで料理が来た。4人はそれらを受け渡す。
「いただきまーす!」4人は各々自分の料理を口に運ぶ。味は……なんということはない、普通のサ○ゼだ。安心の味。

「そういえば、君の間違い探しがまだだね」
カナタが少女に問いかける。「君のことが一番よくわかってないのに」
「そうですね。もしかしたら、向こうの私が何かを語ってくれるかも……」
しかし、向こうの少女は一向に自己紹介を始める様子がない。
「でも、ここ1か月で思い出したこともあるんです」少女は手を合わせて他の3人を見る。
「ほー? ちょっと聞かせてよ」とカナタ。
「ええと……」
少女は、静かに語り始めた。


『思い出せる一番古い記憶は、どこかに閉じ込められていた風景です。何か、無機質な感じの場所だったと思います。その場所には私の他に、私のお父さんがいました。ある日お父さんは、私にこう言いました。『君には特別な力がある。君の力でここから外に出るんだ』と。その後は、記憶がありません。何らかの理由で離れ離れになってしまったんだと思います。気づいたら、公園の森の中に横たわっていました。どうやら空から降ってきたみたいです』

「お父さんに会いたい……その気持ちだけが、今思い出せる唯一のことです」

「……それで、宇宙人っていう設定はどうしたんだ? 忘れたのか……うぷっ」
リカの口を手で遮って、カナタが興味津々に尋ねる。「どういうこと? 特別な力って!?」
「何となく覚えてるのは……物を浮かせて動かしたり、水の中で息をしたり、時空を旅したり……」
「それって、タイムトラベル……ってこと!?」
カナタが驚く裏で、リカはみるみる不機嫌な顔になっていく。
やがて彼女は席を立った。「……私、ドリンクバーとってくる」
席を離れるリカを見て、ニヤつきながらカナタが一言。
「くれぐれも全部の味を混ぜるみたいなことはやめてね……」
「誰がそんな事するかっ!」
リカを待っている間、カナタは、少女がしきりに胸元のペンダントのようなものを弄っていることに気がついた。それは七色に光り輝いていて、光の当たり方によって色が変わる不思議な石だった。
「キレイだね。まるで……ドリンクバーを全色混ぜたみたいな……」
カナタが見入っていると、リカが戻ってきた。コップの中身は、普通にお茶だったが、何か言いたくてうずうずしているようだった。
「どうしたの?」カナタが尋ねると、とうとうリカは言った。
「これは……構造色だろ」
「コウゾウショク?」
「色素じゃなくて、表面の微細な構造によって色がついて見えること。ちょっと古いけど光学ディスクとかシャボン玉とか、あとタマムシとか」
「虫ぃ!? 急に気持ち悪くなってきた……」
口をへの字に曲げるカナタ。それにリカはむっとする。
「それは聞き捨てならんなぁ。タマムシはキレイだぞ。今度見せてやろうか?」
するとカナタは引っかかったな、とでも言いたげな感じでにっこりとして、「じゃ、このペンダントもキレイだってことだよね?」といたずらっぽく言った。
「……それは……」リカはばつが悪そうな顔をしている。そっか、さっき昆虫採集が好きって言ってたことを覚えていて……カナタちゃんは一枚上手だな。とマリは思った。

「それでさ! そのペンダントはどこで拾ったの?」
カナタが少女に問いかける。
「これもお父さんに貰ったんです。私の不思議な力を引き出すための石だって……」そこまで言ったところで、少女は思い出したように告げた。
「そういえば……それに関して、皆さんにお願いがあるんです」
リカがかしこまって何かを言おうとすると、リカが口を挟んだ。
「おいおい何だ何だ? 手の込んだ詐欺だったのか? だとしたら本題に入るまでが長すぎやしないか?」
「落ち着いてってば」カナタが窘める。
「……お父さんが言うには、このペンダントの本当の力を引き出すには、この宇宙のいろんな時間と場所を旅して、『エレメント』という物を集めないといけないらしいんです。それを集め終えたとき、ペンダントが私を帰り道へと導いてくれると……」
エレメント。この間砂漠に迷いこんだ時も、彼女はそれを集めたがっていた。
「うわぁ〜ワクワクする! 冒険ってこと!?」
カナタが目を輝かせて言った。その両手はリカの口を塞ぎ肩を掴むのに使っているが。「恐竜時代とか、月とか、火星とか!?」
カナタのその言葉に、リカがピクッと反応した。
「そういうところにも、いずれ行くかもしれません」

時空を旅して、エレメントを集める。冒険か、とマリは思った。マリにとっては、こんなファミレスで友達と食事をすることだけでも十分大冒険なのに、そんなのを遥かに超える壮大な話だ。ちょっと理解が追いつかない。

「私達でよかったら、ぜひ協力させてよ! 私、いろんなところに行ってみたい!」
「本当ですか……! ありがとうございます!」
「おい、勝手に話を進めるなよ」
「よーし、そうと決まれば! はみ出し隊、始動!」
カナタは立ち上がって腕を突きあげる。
「はみ出し隊?」リカが聞き返す。
「私達みーんなはみだし者でしょ?」
「勝手に私を入れるなよ」
「二人と別の高校の私、遅刻魔のマリりん、真冬なのに半袖のリカちん」
「苦しいなぁ……。あと別に外では半袖じゃないからな」
「あとほら、宇宙人の……」
カナタが言葉に詰まった。「そういえば、名前がないと呼びにくいね」
「それもそうですね……」少女が答える。
「何か名乗りたい名前はある?」
「私は別に……」
何も覚えてないのだから、名前を決める材料などないだろう。
「じゃあ、軒先止(のきさき とまり)?」
少女は怪訝な顔をした。
「微妙な反応されてるぞ」
「えー、じゃあ、置忘ヶ丘 翠雲(おきわすれがおか すいうん)?」
「すげぇセンス」

その時、マリは本当に、リカに言ったらそれこそ絶対あり得ないと言われそうだが、まるで「空と交信」したかのように、ふと、ある名前が思い浮かんだ。
「……トワ」
唖然とする周囲。
「『トワ』、がいいと思う」
「その心は?」
そうカナタに問われて、マリは自分でもびっくりして言葉に詰まった。
「……なんとなく。本当に、浮かんだだけ」
本当にそうなのだ。それを聞いたカナタはにっこりとする。
「マリりん、意外と天才肌?」
「トワ……いいですね!」
トワと名付けられた少女は、明るい顔で言った。気に入ってもらえるか不安だったマリは、ほっと胸をなでおろした。
「トワっち、よろしくね!」
「さっそくアレンジするな」


「お会計、37852円です」
食事を済ませ、レジに向かった4人は、モニターに表示された数字列を見て驚愕した。
「高っ!? なんで!?」とカナタ。
「トワが食べまくってた……」マリがトワを指さした。リカとカナタがワイワイやってる間に、トワは大量のピザやスイーツを注文していたのだ。
「皆さんあまり食べないなーと思ってたら……」ばつが悪そうにトワは頭をかく。
1か月間飲まず食わずとはいえ、歴戦のフードファイターもびっくりの量。地球人とは体の構造が違うということだろうか。
「どうしよう払えないよこんな金額……」
カナタがレジ前で狼狽えていると、背後でマリが財布から万札を4枚、スッと取り出した。
「えっ……何でそんなに持ってるの!?」
「……あんまり使わないから……」そう、ぼっちは金が余るのだ。
「後でなんとかするから、一旦払ってくれない? お願いっ!」
カナタが上目遣いでマリを見て、両手を合わせる。
「あっうん……いいよ」マリはレジにお札を置く。
「そんなに持ち歩いてたら危ないぞ?」リカがマリを横目に言った。
「……何かあったら怖いから……」
「持ち歩いてるほうが怖いだろ。銀行に預けるなりしたほうがいいぞ」
「……そうだね、ありがとう」

すると、あの不思議生物の店員はその長い腕で、お釣りの代わりにあるものを差し出してきた。
「これってもしかして……」
マリには赤く発光するダイヤ型の宝石のように見えた。これには見覚えがあった。
「そうです、これがエレメントです……」
「金で買えるのかよ!」
カナタがそう突っ込んだところで、トワは目を閉じ、ペンダントをかざす。光があっという間にペンダントに吸い込まれていく。やがて光は止み、辺りには……焼けた地表が延々と続いていた。
「これは……。 さっきまでのサ○ゼは……!?」
空は雲に覆われ、地面はところどころマグマの海になっていて、あちこちで噴火が起きている。
「なんだここ……そんなわけないけど……まるで原始地球みたいじゃないか」
ときどき、隕石が降り注ぎ、巨大な地響きを立てる。トワ曰く「見えないシェルターを張っている」ので当たることはないらしい。
「うおお! すごい!」カナタが目を輝かせて走りまわる。それを見て、トワは静かに笑っていた。
「なんか、力が強くなった気がします。エレメントの力でしょうか」
そう言いつつ、トワはまたペンダントを掴む。
「これで帰れますね。それじゃあ……」
トワは祈るようなしぐさをすると。あたりはまた光と風に包まれた。
カナタが何か言っているような気もしたが、爆音にかき消されて聞こえなかった。

全てが、収縮する。


いつもの公園。外はすっかり夜になり、電灯が街を青く照らす。
「そういえば、トワはどこに帰ればいいのかな?」カナタが問う。
「リカちんのとこ?」
「まっぴらごめんだね」
「もう……頑固だねぇ。マリりんは?」
「うちは……」
今日の食費を見たら、節約家の母は卒倒してしまうかもしれない。
「ちょっと……厳しいかな」
「まーそうだよねぇ……」
トワはちょっと不安そうな顔になった。「私なら適当に野宿するので……」
「だめだめそんなの!」カナタは続けて言った。「うちに来なよ」
「え、いいんですか?」
「まーうちのお母さんとお父さんなら許してくれるでしょ」
そんなに家が太いんだろうか。
「ありがとうございます!」
「朝まで寝かさないぞー!?」
2人を見て呆れるリカ。「やめろって……」

「それじゃ、今日はこんな感じかな」カナタがそわそわしながら、お開きの雰囲気を醸し出している。
「あー、早く帰って宿題やんなきゃなあ。こんなところで道草食ってる場合じゃなかった」
リカはなおも不機嫌そうに愚痴をこぼす。
「またまたそんなこと言ってぇ、楽しかったでしょ?」からかうカナタ。
「どこが! 最悪の日だよ。いつになったら目が覚めて現実に戻るのか……」
苦笑いするトワ。
「まあでも」リカはそっぽを向いて、消えそうな声で言った。「恐竜時代に、火星に木星か……」
「おっ……お? おお!?」
すかさずリカの前に回り込んだカナタが目を見開いて煽る。
「何だよ〜! 私はまだ認めてないからな!!!」

「じゃあ、またね」
その声で、今日が終わった。さっきまで話していた皆が、別々の方向に帰っていく。マリは身体を自動操縦モードにして、考える。うまく話せたかな。普段なら、そんなことを考える。けれどその日は違った。これからどうなるのかな。楽しいことかな、大変かな。どちらにしろ、未来について考えることが少なかったマリにとって、これは珍しい経験だった。正直なところ、リカほど頑なではないが、マリはトワの話を完全には信じていなかった。それでも、この退屈な日常に、一筋の光が見えたのは確かだった。

最後に少しだけ、さっき感じた違和感が気になった。トワが自分のことを話していた時、鏡の向こうのトワも同じことを話していた。間違い探しのルールからすれば、あの話のどこかに、嘘が紛れているはずなのだ。記憶喪失と言っていた。ただの記憶違いなのか、あるいは、彼女は嘘をついているのか……?

考えすぎかもしれない。家に入る前に、空を見上げた。そんなに数は多くないけれど、綺麗な星空。他のみんなも、同じ空を見ているのかな。3人の顔、今日食べたドリアの味、そして、これから起こるであろう日々を、そこに見つけた。

(続く)


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