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「台北プライベートアイ」紙で台湾を歩こう

連続殺人犯のターゲットにされた主人公が、厄落としの豚足入り素麺を1日に2回食わされるアジアン・ハードボイルド。
「ソウ」を観て震え上がるとか、かあちゃんは気も強いが麻雀も強いみたいな、ミステリーと全然関係ないことにページを割いてて最高だった。
ページ折り癖も付箋もあるし風呂でも読んだ。1週間ぐらい心は十年以上前の台湾に住んでた。

主人公は口を開けば不平不満が止まらない反面、演劇に関わって読書家の一面もある中年男。
金にも愛にも恵まれてない偏屈なヤツなのにその状況を楽しんでいるような明るさがある。

ミステリーの中には、売れる方法を研究していて、登場人物がいっさい無駄な行動をとらないものもあるけど、台北プライベートアイにそんな退屈はない。
一行読むごとに台湾のマスコミの悪口とか、シナリオに絡んでこない日常のルーティーンを話し出すから、読者が台湾の地理に強くなるばっかりでぜんぜん捜査が進まない。

「翻訳小説は人名を覚えるのが苦手」という人もいるだろうが、安心して下さい!途中で離婚して名前が変わる女性がいるので「覚えなおし」がいります!(ここは登場人物をしっかり人間扱いしていて素敵)

半分ぐらいすぎて、やっとあらすじにある殺人事件が始まるのだが、巻き込まれた主人公が、
「サイコパスというのは日本やイギリスのように真面目であることを強制される国ならともかく、おおざっぱな台湾人は連続殺人みたいな面倒くさいことはできない」
と、台湾がいかにめちゃくちゃか、愛憎入り混じった持論を展開する。隙あらばおじさんの面倒なところが出ちゃうけど、減らず口で、横柄な警察の取り調べやマスコミと対峙するのが楽しい。

台湾の歴史上かつてない「めんどくさい事件」のターゲットにされてしまう主人公だが、終盤で冷静に自分を見つめなおす場面がある。
気分次第で生きてきた男が
「こんなに俺を恨んでいる人は誰だろう」と自分の人生を振り返る。さんざん周囲を茶化してきた人が、本当に自分の人生を振り返って、傷つけてしまった人を思い出す。

主人公の面倒くささも繊細な一面も、すべて「説得力」になる。実在しなくても、本当にこれに近い人がいて、間違いなく台湾にゆかりがあって、本物の人生経験をもとにした話を読んでいる読み応えがある。そいつにフィクション性強めの、劇場型のアメリカのドラマみたいな凶悪事件が襲いかかるのだ。
アジアの入り組んだ町並みと同じく、わき道寄り道だらけのモノローグ。
いい味出してた!


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読んでくれてありがとうございます。 これを書いている2020年6月13日の南光裕からお礼を言います。