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コン・ユ出演の話題作の原作は現代女性の生きにくさを描いた韓国のベストセラー小説(映画『82年生まれ、キム・ジヨン』について#1)

 2020年10月9日公開の映画『82年生まれ、キム・ジヨン』について1回目は、韓国でベストセラーとなった原作小説『82년생 김지영』を紹介します。

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単行本の表紙・筑摩書房 (2018年12月7日発売)

 82年生まれ、キム・ジヨン。一度聞くと耳に残るタイトルだと思います。「キム」は韓国で最も多い姓で、「ジヨン」という名前も、周りに1人か2人はいるような普遍的な名前です。また、年齢の話をするとき「〇年生まれ」という言い方もよく使うので、タイトルのすべてがとても身近なものなのです。どこにでもいそうなありきたりな女性の物語ということを象徴するタイトルです。

 そんな、韓国人なら誰もが親密感を抱きそうなタイトルの小説は、2016年10月に発刊され韓国で社会現象を巻き起こすベストセラーになりました。当初の販売目標部数は8000部で、担当した編集者は、いい小説だとは思ったけどまさか130万部も売れる大ベストセラーになるとは想像もつかなかったそうです。最初の販売目標が8000部という韓国出版業界の現実を考えたら、130万というのがどれほど大きな数字なのかがわかります。

 主人公、1982年生まれのキム・ジヨンは大学時代の先輩デヒョンと結婚して、2歳の子どもを持つ一児の母。出産とともに退職し、育児と家事で大変な毎日を過ごしています。ジヨンはあるときをきっかけに突然、ある日は自分のお母さん、ある日は先輩が乗り移ったかのようになり、他人の口を借りて自分を弁護するような言葉を発します。その間の記憶もないジヨンの様子を心配したデヒョンは、精神病院に行きジヨンの憑依症状を相談します。物語は、相談に乗っている医師が第三者の視点からジヨンの症状を書いたカルテ形式になっています。また、ジヨンの過去から今までの様々な経験を通じて、彼女はなぜこのような病状に至ったのか、その背景にある社会的な問題が提起されています。

 この本が話題になり社会現象まで巻き起こしたのは、多くの人々に共感を得られただけではなく、論争の対象になったからかも知りません。この本が発刊されまもなく韓国ではフェミニズムや#MeToo運動が社会的なイシューになり、合わせてこの本も話題になりました。この本では男尊女卑思想、家父長制、古い慣習、ジェンダー意識、キャリア断絶、結婚、産後うつ、育児など過去から現在まで女性が生きていく間にぶつかるさまざまな問題が一連のエピソードになっています。

 そのエピソードに対してさまざまな意見がありました、たとえば≪同時代を生きていく女性として共感できる≫≪被害意識が過ぎる≫≪すべての男性を悪にしている≫≪無意識過ぎて差別されている意識さえなった≫≪女性に対する差別を浮き彫りにしている≫≪男女を対立にけしかけている≫など。また、小説としての文学性の部分で文学評論家たちには低い評価でしたが、多くの女性たちが共感することに意味があるという意見など、この本の論争は止まらず、論争がまた話題になり、それがきっかけで本を読む人も増えていきました。

 この本で書かれているさまざまなエピソードは、時代背景や社会構造、人々の価値観などそれぞれが深く複雑なため、まとめて一般化することは難しいと思います。多様な価値観を持って現代を生きていく私たちは、男女問わずこの本を読んで、いろいろな意見や感想を持ってもいいと思います。この本が提示している問題をもう一度考え、多くの人々がさまざまな意見を交し、新しい時代を一歩前に進めることに意味があると思います。

 82年生まれに限定したタイトルは、この物語はむしろ1950~60年代生まれの人々が共感できる話で時代遅れとの意見があり、また「キム・ジヨン」という普遍的な名前を使うことで韓国女性をひとくくりにするようだとそれがまた論争になりました。こうして多くの人々からいろいろな意見を引き出し、韓国の根深い社会問題を表面化させたことは、まさにこのタイトルの持つ力ではないか思います。制度的には男女差別が緩和されていくものの、日常のどこかには無意識の差別が存在している矛盾した時代。80年代生まれの女性が直面する問題が提示できるタイトルにしたのは編集者のアイデアだそうです。ちなみに、主人公キム・ジヨンは1982年4月1日生まれ、エープリルフールで、そこにも作家の意図が隠れているそうです。

 日本語翻訳版も発売されているので、日本の皆さんにも男女問わず読んでから映画を観ていただきたいです。


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