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冬の空 帰り道での ため池で 開けた口調 トロンボーンか

あそこにもため池があると、歩きながらつぶやいた。今日は重要な顧客への外回りの帰りだ。顧客は住宅地にある自宅をオフィスとしているので、住宅地に来たが、あいにく社用車が他の営業社員に使われており、空きがなかった。「交通費請求できるんだし、近いんだから電車で行け」と上司に言われて電車に乗り、駅から歩くこと20分ほどかけて顧客の元に向かう。まあ、商談については問題なく終わり、とりあえずの成果が出た。

そんなこともあってか帰りは気が楽である。行きは高台の住宅地まで緩やかな登りだったが、帰りは下り道のためか余計に気が軽く、意気揚々と駅に向かう。
「うん?」ここでため池のあたりから金管楽器の音色が聞こえた。「懐かしいな」今でこそ営業社員だが、かつては一応音楽家を目指したことがあった。中学のころからトロンボーンの演奏をはじめ、中高と吹奏楽部の一員として頑ばり、音楽系の大学を目指したが、結局大学は志望校とは違うところに行くことになる。そして卒業後は一般企業に就職したというわけだ。

「あれは、トロンボーン、いや違う、トランペットか」トロンボーンに似ているのでまさかとは思ったが、ため池に向かって演奏の練習をしている楽器は違ったようだ。だが同じ金管楽器なので親和性がある。
「少しくらいは大丈夫だ」そう思い立ち止まると、耳を演奏のほうに傾けて池を見た。高台にあるため池の先は開けており、遠くにラクダのこぶのような山が見えるのだ。

「あれ?」ふと視線を見ると、若い女性がこっちを見て笑っている。なぜ笑っているのかといえばすぐに気づいた。なぜならば自分の口調が無意識のようにトロンボーンのような口の開き方をしてため池を眺めていたからだ。

「恥ずかしい思いをしたな」思わず頭の後ろに手を置くと、ため池を後に駅に向かう。「音楽を聴くだけならいいのに口の形まで、トロンボーンの口調とは」思い出しただけでも恥ずかしいが、恥ずかしさついでに浮かんでのが短歌であった。

 冬の空 帰り道での ため池で 開けた口調 トロンボーンか
(ふゆのそら かえりみちでの ためいけで あけたくちょう とろんぼーんか)

今回は、毎週ショートショートnoteの企画に参加して短編小説を書きました。(お題:トロンボーンの口調)

ちなみに今日はこちらの記事「南旭ヶ丘の中にあるため池」をモチーフにしています。

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