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連載小説「ボウキョウ」

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南葦ミトによるオリジナル長編小説です。 「家族と故郷」をテーマにお送りします。 連動企画 #ボウキョウによせて へのご参加もお待ちしております。
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記事一覧

ボウキョウ あとがき

ボウキョウ あとがき

5月半ばより毎週金曜日に投稿してきた小説「ボウキョウ」ですが、皆様のコメントやシェア、サポート、感想note等に励まされながら、無事に連載を終えることができました。本当に本当に本当〜〜に応援ありがとうございました!!!

テーマは「故郷と家族」――私の想いは、皆様の胸に届いたでしょうか。すんごく重たい自覚はあったんですが、11話に「こうあればいいな」という明るい理想を詰め込んだので、ご勘弁ください

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ボウキョウ エピローグ

ボウキョウ エピローグ

 五月の福島県浜通りは涼しい。今日だって、初夏の陽気とはいえ、懸森(カケノモリ)山まで届くこの浜風さえあれば、エアコンなんか無くても心地良く過ごせる。ああ今も柔らかな風が、私の頬を、髪を、全身を、優しく撫でて駅のホームを通り過ぎていった。

 やっぱり地元に近い所はいいな。

 この風を浴びただけで、小高(オダカ)に来て良かったと思える。自然を素肌で感じられることは、この土地の最大の魅力だ。首都圏

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ボウキョウ 第11話

ボウキョウ 第11話

世界は恐ろしく残酷で、凄惨、かつ無慈悲だ。
それでも、見つめる角度さえ変えればきっと、
数多の希望に充ちていると、私は信じている。
西山実里〈VOICE〉より

1 その後すぐ、真司は東京にとんぼ返り。
 父は事情聴取のために母と警察署へ向かった。(私も、明日退院したら警察に行かなければいけないらしい)
 慌ただしいけど、仕方無い。もしかしたら命を落としていたかもしれないほどの出来事だったのだから

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ボウキョウ 第10話

ボウキョウ 第10話

忘れることで救われる。
忘れないことで強くなる。
どっちを選んでもいいんだよ。
西山実里〈夏の花束〉より

1 暗い。何も見えない。

――え、小高から来たんですか?

 私の声? 誰と話をしている?
 暗い。何も見えない。体が重い。動かない。

――君、大熊でしょ。僕は……

 真司?

――どんなに美しい思い出も、それに縋るだけじゃ無意味なの。

 母さん?

――死んでいい命なんかひとつもね

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ボウキョウ 第9話

ボウキョウ 第9話

あの夜ほど星が美しく輝いたことは無い。
人が灯りを失った故に。なんという皮肉。
西山実里〈夜明け前のシリウス〉より

1 目を開けたら、私は実家の居間に腰を下ろしていた。少し日に焼けた畳。卓袱台の上には、不揃いなトマトとキュウリ。壁一面の本棚。その横で存在感を放つ、大きなブラウン管テレビ。

 そうだ、これこそ私の知っている、大熊の、大野の家。

 南向きの大きなガラス戸。レースカーテンが風に吹か

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ボウキョウ 第8話

ボウキョウ 第8話

閲覧注意
本稿には原発事故の被災地を扱う描写が
多数ございますのでご了承ください。
西山実里〈VOICE〉より

1「大野の家に、行かないか? 三人で」

 瞬間、心臓がドクンと大きく跳ね上がった。

 大野の家――原発事故の後、帰れなくなった、私の生家。

 頭の中にノイズが走り、思考がグチャグチャに搔き乱される――畳張りの居間、台所に立つ母の背中、家庭菜園で採れた野菜、廊下から父の店に続くドア

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ボウキョウ 第7話

ボウキョウ 第7話

私は大丈夫ですから、
とにかく前向いて行きましょう。
西山実里〈Forward, Again〉より

1 祖母を真っ直ぐに見つめて、麗愛さんは語った。

「あたし実は、稽留流産してるんです、五年前に」

 ケイリュウ流産……? 聞いたことの無い単語だけれど、軽々しくは口にできないものだと直感した。命に関わる話だと思うと、自然と背筋が伸びる。

 でも、いくら祖母が「ハッキリ言え」と言ったからって、

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ボウキョウ 第6話

ボウキョウ 第6話

固く、固く、耳を塞ぐ。
それでも、胸に、突き刺さる。
荒野に響く、風の哀歌が。
西山実里〈11日、金曜日〉より

1――じゃあね、気をつけて。

――充希も、無理しないで。

 私は駅のホームに、真司は特急列車の乗車口に立ち、しばしの別れを告げた。

 無情に響く発車メロディ。

 来週だってまた会えるのに、今生の別れみたい。

 映画でよくあるような抱擁も口づけもなく、ただお互いに小さく片手を振

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ボウキョウ 第5話

ボウキョウ 第5話

しんしんと思い出は降り積もる。
春来れば溶け流れ、涙に還る。
西山実里〈左手のアクアマリン〉より

1 鰹出汁の香り。

 そっと目を開けると、私は見知らぬ部屋で、慣れない布団に入っていた。

 ああ、いわきの家にいるんだった。

 今いるのは両親のアパートで……多分、いま母が味噌汁を作っているのだろう。

 昨日の小名浜(おなはま)からの帰りは大渋滞で、家に着いたのは真夜中だった。一体何時のこと

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ボウキョウ 第4話

ボウキョウ 第4話

最後に笑うのは自分。
そう思えばどんな悲劇も貴方の引き立て役よ。
西山実里〈パンドーラーと私〉

1 混み合っている店内で、威勢よく頭を下げた真司は人目を引いた。

「ちょっ……え?」

 私が右往左往している間に、彼の肩を叩いたのは母だ。

「そんなにかしこまらなくていいわよ〜! ほら頭あげて、ね」

 満面の笑み。どこか楽しそうだけど、私はそれどころじゃない。入院しているはずの父がここにいるこ

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ボウキョウ 第3話

ボウキョウ 第3話

欲しいモノはいつも目の前にあるのに、
見えない壁が、硬くて、厚くて、冷たくて。
西山実里〈Find me in your eyes〉より

1 立ち尽くした私は、混乱の真っ只中にいた。
 目の前の光景は、まるで白黒の無声映画。誰の言葉も耳に入ってこない。ぐるぐる頭を巡るのは、さっきの父の一言だけ。

 私が五歳? 父さん何言ってるの?

 不可解な言葉を反芻していると、ナースコールで呼び出した看護

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ボウキョウ 第2話

ボウキョウ 第2話

時と経験を重ねた君は、もはやよく似た別人だ。
西山実里〈夏の花束〉より

1《間もなく、終点、いわき、いわきでございます……》

 目を覚ますと、既に特急列車は終点間近だった。いつの間に寝ていたんだろうか。冷房が効きすぎて肌寒い。おまけに随分と喉が渇いている。

 そういえば、乗車直前に買った缶コーヒーが、カップホルダーに置いたままになっている。寝ぼけ半分で何も考えずに缶を手に取ると、結露した水滴

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ボウキョウ 第1話

ボウキョウ 第1話

愛憎は、単なる記憶のミルフィーユ。
西山実里〈夏の花束〉より

1 七月の東京は苦手。暮らし始めて二年になるのに、どうしてもこの暑さが耐えられない。溶ける。以前住んでいた会津若松も暑かったけど、性質が違う。焼け石でジワジワ炙られるようで、ともすると丸焼きになりそうだ。社会人になってから、エアコンのありがたさを痛感している。

 今日もまだ午前中だというのに、レースカーテン越しでもわかるほど、太陽が

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