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(国語力)日本語が宇宙語になったわたし

一昨日の記事を読んでいただき、各方面から感想をいただきましてありがとうございます!!

ある方から「この感覚・経験が自分にはなくて面白かった」と言われました。

“見える、わかる、理解できる。。。読めなかった文章が、ちゃんと読める。意図がわかる。。。”

成功体験」ってシンプルじゃないよね、より引用

「読めなかった文章が、読める瞬間」のことについてですね。とくに私は国語が大の苦手でした。

本当に大大、大嫌いです。思い出したくもないくらい。

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まず、現代文の問題はどういう構造か。

だいたい論説文には、思い出せる限り思い出していくと・・・

たしか、段落ごとに流れがあり、ほいで、たいていの場合は「2項対立」があります。例えば「ネコ」と「イヌ」。

どっちが人間に貢献してるか?だと、ひたすら文章の中で「ネコ」と「イヌ」を比較し、たまに「イヌ」について力説する段落があったり、「ネコ」に戻ったり。もしくは「イヌ」を「忠犬」「人に忠誠を尽くす生物」など、わざわざ技巧をこらしながら小難しい用語で言い換えたりします。基本的にはこの対立軸の行方を追いながら、データが提示している事実や、それに伴う筆者の考えなどを、客観的に整理する必要があるわけです。

文章中のあいまいな言葉や、「あれ」「それ」など指示語を含む言葉。それらは、必ず具体的で分かりやすい言葉に言い換えることが可能です。設問者は、子どもがテキトーに読んでないか?必ず容赦無く聞く義務があるので、「ーーーの言葉は具体的にどういうことですか?文章中の言葉を用いて、簡潔に書きなさい」「◯◯字で抜き出しなさい」

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うまく言えないのですが。

国語の問題の文字情報を脳内で記号化して整理し、かつ設問者の意図を汲み取った解答ができてないと、一生解けたことになりません。一生です。

たまたま解けても、それはただの偶然なのです。

わたしは。「イヌ」VS「ネコ」レベルの対立軸だといいですが、ちょっと文章レベルがむずかしく複雑になると、急に文章はただの文字の羅列になり下がり、読めなくなります。

私にとって、文章はただの文字の羅列です。

なんのこっちゃ、また設問に、なぜとか具体的に述べよ、と定番の質問にも答えられないどころか、その設問の意図すら解釈できません。だから、どこの引き出しを開いてほしいのかもわかりません。というか、そもそもどの引き出しにもなんの情報も入っていません。手がかりもなく、本文を読んでも、脳にその情報が入ってこない、ただの迷子です。

先生に「ちゃんと読んだか?」って聞かれます。もちろん読んでます。でもわからないのです。何を聞かれてるかが、何が書いてあるのか、わからないのです。ただ、目の粗いザルで一生懸命砂をすくっているだけです。

「私、宇宙から来たのかな?」

高校生になり、全国模試に取り組むようになった私は、国語の問題を見て絶望しました。ただ目の前にあるのは、すべては宇宙語です。

しかし、この宇宙語問題は、実はすでにわたしが小中学生の時に蝕んでおり、中学までバツグンに成績が良かった私は、この問題を最後の最後まで気づかなかったのでした・・・

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国語は、数学と同じだな。しばらく後、そう気づいた時、私はどうしてこれに早く気づかなかったのかな、と後悔せずにはいられませんでした。


みなみ


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