ツイテナイ日

「ツイテナイ日」というものが公式的に存在している。英語で言えば、"not my day”だったりするし、どうやら「ツイテナイ日」は全人類に共通してその権威を掲げているらしい。

私は今日その「ツイテナイ日」であった。

まず起床からいけなかった。目が覚めると本来職場にいなくてはならない時間を40分も過ぎているというのに、自宅のベッドの上にいる。

昨日からハマっていた海外ドラマ(Amazon Primeオリジナル「homecoming」)を見ながら寝落ちしてしまい、目覚ましのセットがなされていなかったことに敗因がある。

とにかくベッドから職場に遅刻の旨を報告し、重い体を持ち上げる。完璧な身支度を100として、10にも満たないレベルの身支度を完成させて家を飛び出る。

駅の前に到着すると、もうすでに目当ての電車がホームに到着しており、これから階段を上り、切符を買って、ホームに辿り着くまでに.....

間に合わない。

私はその電車を諦め、駅前のコンビニに入ることにした。

いつもならば、おにぎりとか飲むヨーグルトだとか簡単な朝食を購入したりするが、寝起き直後すぎるために腹の機能が目覚めていない。

致し方なく、500mlの水を購入しようとするが、カバンを探しても探しても、財布が見当たらない。

そんな予感はしていたのだ。

だいたい、物を持って行き忘れる時、脳内のどこかに「何か忘れれてるぞ、自分。」という意識が存在する。その恐怖心から、対して読みもしない本とか使いもしないノートだとかをカバンにぶち込んで、一番肝心な財布だとかスマホだとかを悠然と忘れる。

私のような人間は、端末にピッとかざせば支払いができるようなクレジットカードを腕に埋め込むしか解決方法がない。

いつもならば、スマホに入れてあるクレジットカードのおかげで、財布がなくとも事なきを得るのだが、先月の旅行で散財し、限度額を超えてしまっている。

「こんな時のために」とスマホケースに挟んでおいたキャッシュカードも今日は家に忘れた財布の中だ。よりによって。

一旦家に帰る事しか選択肢がない。職場に+30分遅刻すると連絡する。これは、完全に今日は「ツイテナイ日」が始まっている。間違いない。

と、するとこれ以上悪いことが起こらないよう、つまり、怪我などをしないよう細心の注意を払わなくてはならない。すでに遅刻することはどうあがいても決まっている。転ばぬよう、地面を足で着実に踏み、競歩で家に帰る。

同居している母は、私のこんなことには慣れきっていて、さっき「いってきまーす!」と勢いよく出ていった娘が、10分後に戻ってきてもなんら驚かない。おっちょこちょいとか可愛らしい領域をとうに超えており、もはや病気である。

ベッドの脇に置いてあった財布を掴み取り、再び家を出た。家から駅までの道のりを朝から2往復もしないといけないのはなんとも苦痛だ。

こんな時にスケボーが乗れたら良いのにと思う。

そういえば、先日「彼女ができた」と言われ縁を切られたセフレ君は、スケボーで毎日出勤していて、ひどく羨ましかった。いかん。こんなことを考えていてはまた、仕事ができなくなってしまう。

一刻も早く職場に到着して、抗不安剤をぶち込まないといけない。

職場に行くまで、電車を1回乗り換えないとならないのだが、これまた乗り換えの電車も目の前で逃した。いけない。今日はとことんいけない。

無事に職場に着いて、平謝りしたあと、薬を飲むべくカバンを漁るが、なんとまあ。忘れている。家に抗不安剤を忘れている。

終わった。

抗不安剤を服用していない限り、私の思考と自尊心は常に底辺をついて、1日中暇さえあれば涙を流すことしかできない状態となる。

さらに、仕事の調子もすこぶる悪い。仕事ができないと、自分の存在意義さえ失われたように感じ、「生きててごめんなさい」しか思えなくなる。

もうだめだ。

というところで、先日メールで求人の応募をしていた風俗店から連絡が入ったので、本日面接にでも行くことにした。

風俗店(デリヘル)を以前経験したことがあるが、セックスをすることによって客が喜んでくれる姿を直接確認することができるので、自尊心を少しだけ上げることができる。(間違った上げ方なのは重々承知しています)

これで大丈夫だ。

男性の全身を舐め回して喜んでもらい、金をもらおう。

それで私の存在意義はいっぱいいっぱい満たされるだろう。

退勤後、風俗店の面接へ行くが、なかなかの良店であった。ここで働きたい。が、またもや私は「顔つきの身分証明証」を忘れてしまい、本日中に体入は風営法的にNGであった。とことんツイテナイ。

面接後、ツイテナイ祝いとして、おいしい酒でも飲みながら、そこらへんの酔っ払いと語らいたいなと思い、飲み屋が立ち並ぶ横丁に向かい、小さなバーに入るも、客が誰もおらず、亭主らしき男も一言もおしゃべりしてくれない。悲しい。

人と話しがしたい気分であった。

コスモポリタン一杯でそのバーを切り上げ、隣の駅にある顔なじみの居酒屋へ移動して、おしゃべりしようと勇ましく電車に乗って向かったのだが、なんと、

定休日だったのだ。

その居酒屋付近にある馴染みの酒屋も、月曜日だというのにどこも満席で入店出来ずじまいであった。しかし、まだ家に帰りたい気分ではない。

誰かと!話したい!

それだけの欲求で、さっきまでいた隣の駅まで徒歩で戻り、横丁を再びふらつき、ビール屋に入るも、一向に誰もおしゃべりしてくれそうな感じがしない。そうだ、私はこの街に友達がいないのだ。

先日、道端でナンパされたメキシコ人が家の近所にはいるが、そういった恋愛沙汰は面倒なのでなるべく避けたい。

なんだか惨めな気分になってしまい、涙が出てきてしまった。

こんな時、私にもし恋人とかがいたら家まで来て抱きしめてくれるのだろうか。

こんな時、私にもし仲の良い女友達がいたら「今渋谷だからおいでよ!」と言ってもらえたのだろうか。

こんな時、私にもし良い家族がいたら美味しいワインでも買って家族と宅飲みでも楽しめたのだろうか。

大人しく帰宅すると、大粒の涙がぼろぼろと眼から溢れ出てきた。

「ツイテナイ日」ただそれだけのことだ。

きっと明日は、ちょっとくらい「ツイテル日」になるかもしれない。

まだ、死んじゃ、だめだ。

と誰にも死ぬのをとめられてるわけでもないのに、止まろうとする自分が、いじらしい。

こんな日は睡眠導入剤を飲んで、さっさと寝てしまおうとするも、服用後1時間しても眠りにつけない。何故だ。

この薬は、すこぶる効く時と効かない時があるが、どちらにせよ、服用後腕先や足先に石をどんどんと積まれていくように、重くなっていく感覚がして気持ちが悪いのであまり好きではない。

ちなみに、目覚めた時も体が大きな岩かのように重たくて、どうもいかん。

なるべく飲みたくない薬の一つである。

ただ脳が強制的に眠りについてくれるのをベッドの上で目を瞑って待つ。「死ぬ時ってこんな感じなのかなあ。」とか思いながら、

やっと「ツイテナイ日」にお別れすることができた。

明日は多少マシであってほしい。




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