世界5分前仮説を夢で見る


ようするに、時空に穴が空くわけだよ。
さっきまで現実だと思っていたものが、
そうではなかったことに、
登場人物たちも気づかされてしまうわけだから。


そんなふうに、間接的にだが、描写の甘さを指摘する。
歌舞伎町の路地裏にある鬱屈した狭さのコンビニの椅子を喫茶店のように使い、いつものようにわたしは彼女と落ち合う。もっと広い場所でも良さそうなものなのに、作家にとっては、この狭さには謎の心地良さがあるのも、わからなくはない。
わたしは今日も彼女の原稿を受け取り、内容についてあれこれ語る。新宿の繁華街だけあって、こんな場所ですら、小汚くて、タバコ臭い。
こんな、盛り場らしい荒れた場所で、まさか作家先生が編集者と打ち合わせをしているなどとは、ここにいる全員、夢にも思うまい。
もっとも、作家とか編集者とかの仕事だって、風俗営業と大差ない、不安定なその日暮らしなのだが。


先生はタバコは吸わない代わりに、節分に使うような豆を愛用(愛食??)しており、先生のお豆を切らさずに確保しておくのも編集者の仕事だ。ここのコンビニは、さすが繁華街だけあって、年中無休で節分豆を用意してあって、とても助かる。消費税の値上げで、ひと袋あたりの豆の量が少々減っているのだが。絶品(発売停止)にならなければ、べつによい。



世界5分前仮説が事実なら━━━━。
単にこの世は架空だった、というだけではなく
この世界を覗き込んでいる別の世界、魔界とか、霊界とかだって、結局は同じように架空だった、ということになるよね。
主人公は別の世界からやってきたから、
そこを基準にすれば、この世は架空だとまだ言える。
でもその世界だって、もっと別のどこか(高次元??)を
基準にすれば、実在していないことになる。
この世は、魔界から見れば、たかだか、カップラーメン1杯作るのと同じような、いかにも薄っぺらな容量しか持たない架空の世界だ。5分と1秒より前は、すべて架空なのだからね。
でもね、
それなら、この世は架空だと考えている彼にとって、魔界ならば実在している、と考えるのもおかしなことで、そちらの世界だって、少しはこの世よりは優越していても、せいぜい世界6分前仮説だぜ??!?



先生はダメ出しをひどく嫌うし、
一字一句、他人には修正させない主義なので、
編集者としては苦労させられる部類だろう。
おかげで、ほかの編集者は全員職務放棄してしまい、あたしは彼女の専属になれた。
なにがちがうのかは分からないが、とりあえず、わたしの話ならば彼女は一応耳を傾けてくれる。なので、わたしは作品の周辺についてあれこれ語り、彼女が気分よく仕事できるように心を砕いている。
高級ホテルも、上京ついでの観光にも興味を示さず、もちろん男性作家に対するような接待も意味をなさないので、ほかの編集者にはどうすることもできなくなり、古くからの友人だったわたしだけが残った。
彼女の好みは、長年の付き合いだから把握してるし、
まぁ、豆の準備くらいなら、安いものだ。



付け加えると、
わたしはそのことをたいへん誇りに思っているのだ。
それを言葉に出して宣言したことはないのだが。
予定されていた修正箇所の修正には、ひととおり応じてくれたので、その場で修正してもらった原稿を預かり、その日は解散となった。
せっかく東京まで来たのだから、
せめて1泊くらいしていけば良いのに、
その日のうちに岐阜県までお帰りになる先生。
豆の消費量が少しだけ気になるが、いざとなったら、
あたしが自分で食べる分を減らせば良いだろう、、、、、


世界5分前仮説のおそろしいところは。


文学作品というのはすべて、
作家が生み出した架空の世界なのだが、


同じように、


それを生み出している作家自身も
架空の存在であると
証明されてしまうことで、、、、、、、



数日後。
手元にある節分豆の、パッケージの底には少しも穴を空けずに、つまりパッケージじたいは未開封のままで、
中身だけ抜き取られているのを見たとき
わたしは危機感を感じた。
例のコンビニまで慌てて買い出しに行くが
そこで売られている節分豆も、すでに中身は大半抜き取られている状態で売られていて、お値段はそのまま。
つまり、先生が大半を食べてしまったあとの状態が、
未開封の商品になっていて、それは、どれも同じだった。
まずい。
時空がまた、書き換えられたのだ。



少しでも手前の地点にさかのぼろうと、
あたしはひとりで先生の故郷を訪ねることにした。
新幹線で一瞬で名古屋まで行き、
そこからさらに西へと進んだ、三重県のとある街へ。
(※実際には先生の故郷は九州です)
駅前アーケードの2階から出るモノレールは
次は11時22分発で、相変わらず接続が悪い。
待ち時間にまず行かなければならない場所は、、、、、
とりあえずアーケード内のゲームセンターに行って置いてあるゲームを確認。どれも古い、昭和時代のものばかりで、ゲームキャラがある種のアイドルになれるような今の時代以前の、条件反射だけを問うゲームばかり。ネット接続など論外。
とりあえずこれで、ひと安心。
先生の子ども時代にさかのぼれた、ということだから。
(※現実には先生はデジタルネイティブ世代です)



ゲームセンターのとなりがラーメン屋さんだったので
とりあえず昼メシはラーメンにした。
都心の有名ラーメン店と同じ味。
ん?

これ、このまえ、
港区西麻布で食べてたやつじゃん。


時空をまたいで、これはヤバイ。
しまった。
港区西麻布であたしがラーメン食べてるほうの時空では、豆は節分の時期しか買えないはずだ。



はたして。手元にある未開封の節分豆を確認してみると、中身は空になっていた。そもそも中身が節分豆だと証明することすらできない、ただの袋。


世界5分前仮説は。
一介の作家ごときが、
本来踏み込んではいけない領域ですね。


先生の嬉しそうな声が、脳裏によみがえる。
ほとんど心臓を締めあげられるほどの、衝撃。
三重県内をどう探しても、先生の痕跡にたどり着くのは不可能で。そもそもこの時空には先生はいない。
探せば探すほど、不在証明が積み重なるだけだ。


失意とともにあたしは歌舞伎町の自分の事務所に戻り。厳然たる事実として、先生からいただいた思い出の品は、すべて消失していた。
先日預かったばかりの原稿は、すべて白紙にもどっており。先生が節分豆を好んでいたことさえ、いまとなっては、あたしの妄想かもしれない。
もしかしたら、すべての作品を書いていたのはあたしで、それを先生から預かっているあたしは編集者、という架空の演技をしていただけなのだ。
先生という、
あたし好みのキャラクターを
あたしの人生に登場させるためだけに。


愛らしい彼女の筆跡はすべて消え、
見慣れたあたし自身の手書き原稿だけが残っていた。
なんだ。
脳内での自問自答を投影していただけだったのか。
ひどい喪失感のなか、
それでもあたしは
今後も創作活動を続けると誓った。


たとえ妄想の産物だとしても。
あたしは、
あなたに、
また会いたい。


そうは言っても、
今日これから続きの原稿を書く気力は、
もう、まったくないのだけれど、、、、、、、。









メールの受信音で目が覚めた。
台風接近のため、今夜の夜勤は中止の報せ。
枕元が濡れていて、顔もタオルでふいた。
夢で、よかった。
勤務が控えている状況での睡眠は
起きる時間が決まっているせいで
どうしても(生き急ぐ、ならぬ)眠り急ぐ感じになるので、そのことも影響したのかもしれない。


それにしたって。
現実世界に彼女は実在しているが。
考えてみれば、直接会ったことはまだ、ないわけで。
すべては、わたし自身が生み出した妄想かもしれない。
それに━━━━直接会ってみたところで、
それだって、ただのホログラムかもしれないぞ!?
現実って、そもそも何なんだろう??


そうは言っても。
彼女からもらった思い出の品をすべて確認。
ああ、たしかに消失してない。よかったー💕
それに彼女は節分豆なんか食べないよね。
あたしも買ったことないし、在庫もないし。
ああ、よかったー💕💕💕

お金あげるの大好きー✨✨✨ お金もらうのも大好き💕💕💕💕