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あたらよ『空が近い夜』

夜空が近い日がある。
寝室の小窓を開けて、その小さな額縁いっぱいに広がる闇の妖しさに吸い込まれる。
近くの建物や車の音などは視界にも耳にも入らなくなって、

手をふらりと伸ばせば、掴めそうなメノウの膜が在るのだ。

こういう日は心が危ないと言われる。
心が、体もろとも空に持っていかれそうな日なのだと。

わたしは「きれいだなあ」と、言葉を涙に変えて布団に落としながら、膝を立てて、手を伸ばすのだ。

連れて行ってほしい。
あの空まで、わたしを。

まだすごく寒かった季節のとある夜も、ひとり寝室で窓を開けてぼーっと過ごしていた。
遅くに帰宅して気付いたなおさんが、真冬で冷えきったわたしの体を強く抱きとめて、

「行かんといて」

泣きそうな、少し震えた声で言う。

そこでわたしははじめて、部屋の寒さに気付くのだ。
ああ、また吸い込まれてしまうところだった。
また、もっていかれるところだった。

そうして、なおさんが窓を締めてくれて、暖房をつけてくれて。
正面から抱きしめなおしてくれる。
わたしは子供に返ったかのように声を出して泣く。

違うんだよ。
どこにも行きたくないんだよ。
ここに居させてほしいんだよ。

あなたといっしょに空に行けないのなら意味がない。
それなら、
あなたといっしょにここに居たい。


夜はすき。
色んな色で膜を貼り付けて、月が色んな形と色んな輝き方で照らす。
美しくて妖しくて、少し怖い。

空が近い夜は、どうか気をつけて。
あのメノウのように光を吸い込む闇夜は、
きっとそういう力がある。



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