継続は苦痛なり。〔躁鬱人の場合〕
「何事も続けてみなきゃわからないわよ。」
「石の上にも三年。」
小さいころから言われ続けた言葉だけど。。。
「ごめんなさい。できましえぇーーーん!」〔キッパリ〕
ずっと同じ場所に居続ける→苦痛この上ない
同じ趣味を生涯愛する→趣味まで強制されたくない
仕事もバイトも続けなきゃわからないよ→それがわかっちゃうんです
とにかく続けるということが出来ません。
苦痛なんです。
でも、日本では特に【忍耐】【継続】が美学とされる文化で
その中で生きている限り、なんとか出来るふりでもしておかないと
生きづらくて仕方ないんです。。。
しかし坂口恭平著『躁鬱大学』で、坂口氏は明言します。
やりたくないものを一度始めたのだから、やりとおさなければならない。
みたいな思考回路は、躁鬱人にとっては害悪にしかなりません。
やりたくないことは、一切やらないでくださいね。
ちゃんとできないとって悩んできたんじゃないですか?(中略)
ちゃんとが鬱になる原因になってしまいます。
躁鬱人にとって、【窮屈】という感覚が一番苦痛なんです。
これ、ほんっと私も50回位うなずいて、むち打ちになるところでした。
私は昔からとにかく【自由】を求めていたし集団で何かをするとか【強制】されることがとにかく苦痛でした。
だから学校生活も、親に決められた習い事も、塾も死ぬほど苦痛でした。
でも、空気を読むし調和を重んじるから、いやとも言えず
ひたすら従ってきました。
でもその間私が感じてきた感覚、それこそが坂口さんのいう【窮屈】という感覚だったんです!
私は【窮屈】が嫌いだったんだ。
【窮屈】を味わうと、ココロが死んでたんだ。
だから飲食店で、決められた席で決められたメニューで決められたルールの中で食事をすることも、とても苦痛で、外食が苦手になりました。
自分が苦手だったこと、出来なくなったこと
それらはすべて【窮屈】なことでした。
資質に合わない努力はしないのがよさそうです。(双極性障害にとって)きちんととかちゃんととかは窮屈になるから駄目です。
精神科医の神田橋先生も、上記のように記されています。
世界の人口77億のうち、発見されている躁鬱人は6000万人で1%弱だそうです。(私的には、きっと私のように隠れ躁鬱人がかなり潜り込んでいると推察されますが)
そして、躁鬱病は病気でなく【体質】だと神田橋先生はおっしゃいます。
(神( ;∀;))
つまり、奇しくもそんな【体質】に生まれてしまった我々躁鬱人は
そんな自分の【体質】を理解して、体質にあわない努力はしなさんなと
精神科医がおっしゃって下さっているんです。
つまり【窮屈】も体質にあわんから、やめときなはれ。
ということなんですね。
ほんと、ありがたい。
ずっと教科書に書いてほしかった言葉を
古畑任三郎のオープニングトークで語ってほしかった言葉を
笑っていいともでタモさんに言ってほしかった言葉を
坂口さんと神田橋先生がおっしゃって下さった。。。( ;∀;)
詳しくはみなさん、坂口恭平著『躁鬱大学』で
実際にご覧になってくださいましね。
ではでは、今日はこの辺で。
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