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写真展「border」徹底ガイドvol.5 /私たちには見えないborderが、彼らには見えている

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◼️#06 Jerusalem, Israel 2013

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優しく微笑むユダヤ正教の少年のポートレートを撮ったのはエルサレム、嘆きの壁の前だった。BC20年のヘロデ大王の時代からおよそ2000年、ローマ帝国による支配、イスラム帝国(ウマイヤ朝)による支配、十字軍による奪還…まさに歴史そのものと言える出来事に立ち会ってきたこの壁。様々な勢力が積み重ねた歴史の矛盾が集積し、この地は今も不安定なままだ。

この時、10人程の若者のポートレートを撮らせてもらったが、現地に住んでいるのではなく、ロンドンやニューヨークから「聖地訪問」をしている人たちがほとんどだった。(彼らが着ている黒いマントはこの場所ならではのレンタル品。)彼らとの会話で印象的だった一言がある。

Do you believe in “Big Bang”? 

「ビッグバンなんてものを本当に信じているのか?」というニュアンスだったと思う。これはつまり「この世の仕組み」に対する根本的な認識の違いなのだと思う。
ビッグバン理論とは、宇宙はおよそ138億年前に高温高密度の状態から始まり、それが現在も拡張し続けている…という現代宇宙論の基礎とされている理論である。細かいことはわからないが、私も「そうなんだろうな」と考えている。

しかし、目の前にいる彼は、そんなものはまるで信じていない。我々の存在は神が作ったものであり、その教えに従って生きることこそが正しいことなのだと考えている。スマホを使ってメアドを教え合ったのに、科学的なことを信じていない。私と彼の現実認識には深い深いborderがあるような気がした。

◼️#07,08 Lesvos Island, Greece 2015

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#01の写真の続きである 。トルコの海岸を夜明けに出航したゴムボートは、運が良ければ数時間後にギリシア領であるレスボス島の海岸に到着する。10人乗りのボートに40人以上が乗船し、命の綱であるモーターの使い方もその場で教えられるだけ。密航業者に一人あたり1500ドル程度の金を払いますが、トルコやギリシアの海上警備隊に阻止されて引き返すことも少なくない。

日本のパスポートがあれば簡単に越えることができるトルコとギリシアのborderだが、彼らにとっては全てを犠牲にしなければ越えられない壁なのだ。
この少女は先にギリシアに到着し、後から来るボートに必死で叫んでいた。夜陰に紛れてやって来る彼ら。真っ暗な闇の中、星空が怖いくらいに美しかったという話を聞いたことがある。そして、日の出と共にギリシアへ上陸。その光景には美しさを感じずにはいられなかった。
現在ヨーロッパ各所で難民への視線は厳しくなっており、ギリシア上陸後も苦労が付きまとうことは間違いない。私たちが見ることができないborderが、彼らにはあるのだ。

◼️#09 Qaraqosh, Iraq 2018

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窓から射し込む光に包まれてたたずむ、人形を抱えた少女。イラク北部のカラコシュという小さな町で撮影したものだ。#05の写真で「イスラム国」について書いたが、彼女はその「イスラム国」によって誘拐された経験を持っている。

カラコシュは長い歴史を持つキリスト教の町である。「イスラム国」にとっては決して相容れない存在でもある。彼らがイラクへの侵攻を始めた2014年6月、この町はあっという間に陥落した。住民たちはバスに乗せられて町を追い出されたがその際、母に抱かれていた3歳のクリスティーナは戦闘員によって奪われてしまったのだ。

「イスラム国」は子どもたちの集団教育を行っていた。子どもの頃から殉教者として教育すれば、自爆テロも処刑も躊躇なく行える戦闘員を育成することができる。男の子は戦闘員に、女の子はそれを支える存在に…。「イスラム国」は子どもたちの楽園であるかのようなプロパガンダビデオが作られ、子どもたちが笑顔でプレゼントを受け取る様子が世界に配信された。そしてその中に、クリスティーナの姿もあったのだ。

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上の写真はその時の動画から作られたものだが、驚いたのはその笑顔。誘拐された当初は不安もあっただろうが「イスラム国」での生活にすっかり慣れた彼女は、満面の笑みでプレゼントを受け取っていた。この映像がきっかけで彼女の存在は大きく報じられ、誘拐から3年後となる2017年6月に両親の元に戻った。当時の映像が残されているが、怯えきった表情の彼女は両親に抱かれてもニコリともせず、暗い表情をしている。

「イスラム国」という究極世界とのborderを行き来した彼女が、そのどちらにも順応したということ。それはすなわち、価値観というのはいかようにもインストールできるのではないか?という思いにも繋がるのだ。

◼️#10 Stalin Museum. Goli, Georgia 2019

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ジョージアの首都・トビリシからバスに揺られて1時間弱。ゴリという小さな町は、ソビエト連邦の指導者・スターリン生誕の地として知られている。この町で育ったジュガシヴィリという少年は、神学校を追放されて共産党活動に傾倒。やがて世界史に多大な影響を与える人物となっていく。

第一次世界大戦後、英仏を中心に中東の世界地図が書き換えられたように、第二次世界大戦後はスターリンが世界地図の書き換えに大きな影響力を持った。大戦はヒトラーやルーズベルトを中心に語られることが多いが、どちらも大戦末期に死亡している。しかし、戦後も長く生き続け、独裁者のまま死んだスターリンという一人の人物の影響力の大きさは驚嘆に値する。

Wall_Bはこの先、スターリンという強力な個性によって翻弄されたborderについて展開していく。

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